日本よりも韓国のほうが、美容整形が広く受け入れられているそうです。
その理由についてなのですが、韓国では、外見が美しい人は中身も良いのだという素朴な考えがあるからだという人もあります。なるほど。そういえば、大韓航空機爆破事件で逮捕された金賢姫という女性について、当時のニュースで「あれほど美しい人が悪いことをするはずがない、誰かに騙されたのにちがいない」という庶民の声というのが報道されたこともありました。それはともかく、美しい人がそばにいてくれることは誰でも歓迎しますが、恐ろしい形相の人には近づいてほしくないという感覚は誰にもあると思います。
そういった素朴な感覚は、昔の日本にもあったのです。世界中のどんな国でもあったかもしれません。
容姿が醜いからといって心も醜いとは限らない、それは確かに正論なのですが、その方向を徹底しすぎてしまったのが明治以後の近代日本なのかもしれませんね。
日本の近代文学を迷走させた自然主義の考え方も、そういう潮流の中にあったといえます。何も加工してはいけない、ありのままを描き、自然のままが美しいのだいうわけです。上野の西郷さんの銅像も、ラフな浴衣姿でいかにも自然児らしいといえばそうなのですが、実は「ありのままの西郷さん」とは正反対のイメージらしいですね。自然とはこういうものだという固定観念にしばられているようなのです。
「ボロは着てても心は錦」という言葉もありました。そうやって日本人は一生懸命働いたわけです。そうやって経済発展を遂げました。
「飾らない人柄」というほめ言葉があります。
昔の日本人は、みんなとても無口な生活をしていましたから、言葉がたくさん必要なときというのは、知らない人が見えたりするときの儀式のような場なのでした。だから形式的でよそよそしい堅苦しい言葉になります。初対面の人に接してぎこちなくなってしまうのは、今のおおかたの日本人も同じです。でも誰にでも気さくなのが「飾らない人柄」なのでしょう。
初対面の人が苦手だという人は、自分を良く見せたいというよりも、相手に不快を与えないように神経を使うからです。美容整形も同じなのかもしれませんね。
話があちこちに飛んでますが、日本人の美容整形への道を押し止めてしまうもう一つの要因もあると思います。それは日本人の歴史的に受け継がれた呪術性のようなものがあって、肉体の加工をする人というのは、神仏に近いような特別な存在の人というわけで、一般人がそれを行うのはタブーだったのですね。一例をあげると刺青(いれずみ)があります。やくざ屋さんも一般人とは違う人ということで、歴史的にはそういう系譜につながるらしいです。けれど昔は祭礼のときしか派手に着飾れなかったのが、今は毎日がお祭りみたいなものですから、着飾ることのタブーはほとんどなくなったわけです(着物や浴衣の左前とか細かいタブーはたくさんあります、左前も仏様と同じになってしまうからタブーなわけですね)。
その理由についてなのですが、韓国では、外見が美しい人は中身も良いのだという素朴な考えがあるからだという人もあります。なるほど。そういえば、大韓航空機爆破事件で逮捕された金賢姫という女性について、当時のニュースで「あれほど美しい人が悪いことをするはずがない、誰かに騙されたのにちがいない」という庶民の声というのが報道されたこともありました。それはともかく、美しい人がそばにいてくれることは誰でも歓迎しますが、恐ろしい形相の人には近づいてほしくないという感覚は誰にもあると思います。
そういった素朴な感覚は、昔の日本にもあったのです。世界中のどんな国でもあったかもしれません。
容姿が醜いからといって心も醜いとは限らない、それは確かに正論なのですが、その方向を徹底しすぎてしまったのが明治以後の近代日本なのかもしれませんね。
日本の近代文学を迷走させた自然主義の考え方も、そういう潮流の中にあったといえます。何も加工してはいけない、ありのままを描き、自然のままが美しいのだいうわけです。上野の西郷さんの銅像も、ラフな浴衣姿でいかにも自然児らしいといえばそうなのですが、実は「ありのままの西郷さん」とは正反対のイメージらしいですね。自然とはこういうものだという固定観念にしばられているようなのです。
「ボロは着てても心は錦」という言葉もありました。そうやって日本人は一生懸命働いたわけです。そうやって経済発展を遂げました。
「飾らない人柄」というほめ言葉があります。
昔の日本人は、みんなとても無口な生活をしていましたから、言葉がたくさん必要なときというのは、知らない人が見えたりするときの儀式のような場なのでした。だから形式的でよそよそしい堅苦しい言葉になります。初対面の人に接してぎこちなくなってしまうのは、今のおおかたの日本人も同じです。でも誰にでも気さくなのが「飾らない人柄」なのでしょう。
初対面の人が苦手だという人は、自分を良く見せたいというよりも、相手に不快を与えないように神経を使うからです。美容整形も同じなのかもしれませんね。
話があちこちに飛んでますが、日本人の美容整形への道を押し止めてしまうもう一つの要因もあると思います。それは日本人の歴史的に受け継がれた呪術性のようなものがあって、肉体の加工をする人というのは、神仏に近いような特別な存在の人というわけで、一般人がそれを行うのはタブーだったのですね。一例をあげると刺青(いれずみ)があります。やくざ屋さんも一般人とは違う人ということで、歴史的にはそういう系譜につながるらしいです。けれど昔は祭礼のときしか派手に着飾れなかったのが、今は毎日がお祭りみたいなものですから、着飾ることのタブーはほとんどなくなったわけです(着物や浴衣の左前とか細かいタブーはたくさんあります、左前も仏様と同じになってしまうからタブーなわけですね)。
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自然主義と美容整形
自然主義と美容整形
男は40歳を過ぎたら自分の顔に責任を持てという格言もありました。そういう意味合いでの容姿というのもあると思います。
最近のイケメンさんも良いのですが、私の好みと合わない人もけっこういらっしゃるので、それぞれの好みだからしょうがないのかなと思ったりします。
女性たちの好む美男というのは、多少時代によって微妙に違いますが、ちゃんと昔からあったわけですから、そういう女性たちの志向が、今の時代に表に出てきているんでしょうね。質実剛健派からみると軟弱な時代ということなのかもしれませんが。
容姿だけで中身がないのも困りますよね。中身が大事だといってぜんぜんかまわない人も本当は困るんですけど、天才的な才能をもった人は、それはそれでいいのかなと思ったりします。なので私たち凡人は自然にその中庸を行くことになるので、それなりの楽しみもあるわけなんでしょうね、いろいろ悩みはありますけど。
最近のイケメンさんも良いのですが、私の好みと合わない人もけっこういらっしゃるので、それぞれの好みだからしょうがないのかなと思ったりします。
女性たちの好む美男というのは、多少時代によって微妙に違いますが、ちゃんと昔からあったわけですから、そういう女性たちの志向が、今の時代に表に出てきているんでしょうね。質実剛健派からみると軟弱な時代ということなのかもしれませんが。
容姿だけで中身がないのも困りますよね。中身が大事だといってぜんぜんかまわない人も本当は困るんですけど、天才的な才能をもった人は、それはそれでいいのかなと思ったりします。なので私たち凡人は自然にその中庸を行くことになるので、それなりの楽しみもあるわけなんでしょうね、いろいろ悩みはありますけど。
自然主義と美容整形
姪の親友が在日韓国人で韓国では小さいうちから殆どが美容整形するらしいです。余談ですがその姪の親友は整形はしてませんが・・。
容姿にコンプレックスがあると精神的にもあまりよくない事もあるのでそういう意味では整形も賛成なんですけど。。。なぜか『純粋な美』ではないような気がして・・・でもやっぱり綺麗になりたいし若返りたいなぁと思います
内面はもっと磨いた方がいいのかもしれませんけど〜。
あと最近のイケメンさんたちは、私は好みじゃない人が多いです
たしかに綺麗だけど、それだけでぐっときません(笑)
男を感じさせないような、、ある意味幼稚な顔立ちというか。
そんな感じがします。どなたかの作家さんも最近の男子たちは大人になってもあんなに幼稚な顔だとなんか情けないみたいな事を
書いてらしてましたが・・・
容姿にコンプレックスがあると精神的にもあまりよくない事もあるのでそういう意味では整形も賛成なんですけど。。。なぜか『純粋な美』ではないような気がして・・・でもやっぱり綺麗になりたいし若返りたいなぁと思います
内面はもっと磨いた方がいいのかもしれませんけど〜。
あと最近のイケメンさんたちは、私は好みじゃない人が多いです
たしかに綺麗だけど、それだけでぐっときません(笑)
男を感じさせないような、、ある意味幼稚な顔立ちというか。
そんな感じがします。どなたかの作家さんも最近の男子たちは大人になってもあんなに幼稚な顔だとなんか情けないみたいな事を
書いてらしてましたが・・・
愛着もわいて
子どものころでしたら、心理的な抵抗は少ないかもしれませんね。
長年つきあって来たモノですと、美しくないものでも愛着がわいてきます。
それから他人である医師におまかせするわけなので、技術面のほかに美意識の問題とか、心配なことは多くなります。
"自然主義"の問題は古くからのものではないのでクリアしやすいと思いますし、呪術的なことは自分自身が巫女や芸能者のような存在だと認識できればいいことになります。
幼稚な顔というのは、アニメの顔なんでしょうね。
もう少し知性が感じられる顔が増えるといいですよね。
それと脇役っぽくなくて、華やかさとか。
大川橋蔵とか市川雷蔵とか・・・太田博之は今どうしてるでしょうね^^;
長年つきあって来たモノですと、美しくないものでも愛着がわいてきます。
それから他人である医師におまかせするわけなので、技術面のほかに美意識の問題とか、心配なことは多くなります。
"自然主義"の問題は古くからのものではないのでクリアしやすいと思いますし、呪術的なことは自分自身が巫女や芸能者のような存在だと認識できればいいことになります。
幼稚な顔というのは、アニメの顔なんでしょうね。
もう少し知性が感じられる顔が増えるといいですよね。
それと脇役っぽくなくて、華やかさとか。
大川橋蔵とか市川雷蔵とか・・・太田博之は今どうしてるでしょうね^^;
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友達何人かの話では、就職の面接時に面接官はやはり容姿を気にするそうで、特に実年齢より老けて見られると、あまり結果が思わしくないようです。年齢制限を越えていても、若く見られればいいみたいですね。
日本も20年前よりは美容整形に寛容になりました。昔なら芸能人の整形ネタは週刊誌の注目の的でしたが、最近はあまりそういう話題は上がってきません。
私が経験した中で、両親がよく言っていた中味が肝心というのはあまりそうではないなと感じています。子供の社会だけでなく大人の社会でも、かつて容姿で不遇を受けたことがありますから。。