山の神様奈良県の吉野から三重県の熊野までの広い山岳地帯は、平安時代から山伏などの修行者の山だったらしく、大峰山(大峯山)と呼ばれます。
秋夜長物語に登場する稚児の梅若が天狗にさらわれて洞窟に閉じ込められた場所も、大峰山でした。大峰山は天狗の棲む異界のようなイメージでした。そこから脱出してまもなく梅若は入水して果てたのでした。
また源義経が兄頼朝の追手から逃れて、奥州へ旅立とうとしたときも大峰山を経由しています。そのとき京から追いかけてきた静御前が義経と別れたのは、山の入口の吉野だったと思います。この二人もまもなく破滅してゆきます。
元服男性の義経は山を無事通過しましたが、白拍子の静御前は手前で止められ、稚児の梅若は一時幽閉されただけということになりますが、そういったことと女人禁制の山であることとの関連は、よくわかりません。

今でも大峰山の一部の山は女人禁制であるらしく、熊野の周辺で行われる祭礼行事のなかには、男子だけしか関われないものも少なくないようです。同様のことは各地のさまざまな祭礼で行われていることではあるのですが……。
女人禁制の意味については、山の神が女神なので、女子を近づけなければ、神は怒らず豊饒が約束されるからだといった説明がされています。でもそれ以外の理由もなくはないのかもしれません。
梅若や義経の物語には、どうしても死のイメージがつきまとっています。平安時代ごろは、修験者たちの修行の目的が安楽死であったことと、それは符合します。海でも山でも、そこは死への入口なのですから、やはり男子たちの中に女子が混じると、「生」があちこちに誕生してしまって、「生」の行き場がなくなってしまうからのようにも思えるわけです。

熊野の周辺の祭礼で行われる「女装」は、人間の女を装うのではなく、山の神が現れたときの表現なのでしょうね。山の神が、女装する人に憑依するわけなのでしょう。

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