病気になりたいとき?
2007/02/23
トランスジェンダー・性同一性障害
昨年ある精神科医の先生の本(新書判)を読んでいたら、現代人は病気になりたがる、というようなことが書いてありました。病気と認定されただけで、とても気持ちが楽になる人が増えている、というな話です。性同一性障害に関してもそれは言えることなのでしょう。その先生は、フレキシブルな気持ちの持ちようの話を書かれていましたが、詳しいことは忘れました。あとでまた読んでみます。
なぜ病気と言われて気持ちが楽になるのか、ちょっと考えてみたのですが、やはり人間関係が希薄になってしまった社会だからなのでしょうね。仕事やいろんなおつきあいの中で、「仮病と思われてはしゃくにさわる」と考えて無理する人も多いと思います。仕事に打ち込むことによって人間関係を忘れることができるということもあるのでしょうが、それがかえって人間関係を希薄にさせます。家族関係まであやふやになってしまうと、家族のいたわりよりも、病気という科学的な認定のほうが信用できることになってしまうのかもしれません。
病気の認定は国家も保障します。最近の若い人たちに増えてきたナショナリズムの傾向も、つまるところは、家族関係や地域社会の崩壊によって、信じられるアイデンティティは日本や日本人という枠付けしかなくなってしまったからだとは、よく言われることです。病気で楽になるというのも、心理が良く似ています。
トランスジェンダーの原因の問題も、ちょっと前までは、家族関係やら精神分析やらいろんなことが論じられたのですが、最近は「生まれる前から決まっていた」という科学的な仮説も一部で重宝されています。生まれる前から決まっていたのだったら、こんな楽なことはありません。もしそれを国家が保障してくれたら何も怖くなくなるのかも。だいいち、つらい過去を振り返る必要がなくなります。こんないいことはありません。
けれど、過去を振り返るのにどうしても耐えられないという状態の人は別にして、そういうものでもないような気がするのです。
<<悲しみの手鞠唄 | ホーム | ネパールのトランスジェンダー >>
Comment
そして病気が進むと・・
病気ということになると
肩の荷が下ろせる、周囲が可哀想がってくれるというのが、楽だというのもあるみたいで、わからなくもないのですが……。
真の○○はトランスの世界でもあったみたいですが、
知らない人がわからないといけませんから、事実を書くと、
「真のTS」というのが昔にあって、最近は「真のGID」というのも現れたらしいです。
真の○○はトランスの世界でもあったみたいですが、
知らない人がわからないといけませんから、事実を書くと、
「真のTS」というのが昔にあって、最近は「真のGID」というのも現れたらしいです。
Comment Form
Trackback
| HOME |

しかし中には、自分と同様の精神疾患を持っていても正式な診断が得られていない人を卑下したり、われこそは真の○○症で他は偽物だと言い放ったりする人もいますね。
そういう「原理主義者」困ったものです。。