新潟県蒲原郡の内川家に伝わる「水神薬」という傷薬の由来の話です。

むかし、内川家の妻が厠(かわや)に入ったとき、冷たい手で下からお尻を撫でるものがあり、そんなことが幾晩も続いたので、代わりに亭主が女装して入り、下から伸びてきた腕を刀でエイっと斬り落としてしまいました。斬られた腕を人に見せたら、河童の腕ではないかと言います。
さて次の晩、7つか8つくらいの男の子が現われて、腕を返してくれと言い、いたずらのお詫びに、毎日、桶にいっぱいの魚を届けると約束しました。腕を返してやると、毎朝魚の入った桶が家の玄関先に届くようになりました。けれど最初のうちは良かったのですが、日がたつにつれ、だんだん桶の中の魚の数が減ってきて、二〜三匹しか入っていないようになりました。河童が現われて言うには、水神ヶ淵の魚が少なくなってもう獲れないので、代わりに河童の秘薬の作り方を伝授するから、魚はもう勘弁してくれとのことでした。このときの秘薬が、今も内川家に伝わる「水神薬」のことで、切り傷その他の効能があるそうです。

河童がイタズラを詫びて秘薬を教えるという昔話は、各地にあるそうです。
腕を切るというのは、約束の意味があるそうで、指切りとか小切手とかもあります。
お尻を触られたり、女装したりには、どういう意味があるのでしょう。
この話を紹介している飯島吉晴著『竈神と厠神』という本を参考にまとめてみます。

昔は、新しい着物をおろして着るときは、最初に厠に入る習慣があったそうです。生まれて7日ごろの赤ちゃんを、セッチン参りといって、厠に連れて行き、成長を祈る風習もありました。つまりそれらは、変身とか、生まれ変わりのことで、厠を媒介にすることで、人の魂の再生もうまく行く、というか、厠とは「変身の場所」であると考えられていたそうです。

人間の成長は、昨日と今日とでは、ほとんど変わり映えはありません。でも子どもから大人になるときなど、どこかでけじめをつけなければならないことがあります。選ばれたある一日に、今まで着たことのない大人の着物を着たりお化粧をしたり、それがつまり、大人への変身だったりするわけですが、そんなとき新しい着物を着たときは、最初に厠へ行ったのだそうです。

または、災いを福に転じようと思って、げん直しみたいに新しい着物をおろしたりもします。厠のそばにはよく南天(なんてん)が植えられるのは、「難を転じる」という意味なのだそうですが、男(なん)を転じるときにも、良いのかもしれませんね。

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