女帝についての論議が国民の関心事になっています。けれど皇室という「家系」の後継者は、本来は天皇ご自身がお決めになるべきことなのでしょう。そのご判断は国民の希望と一致しないわけがありません。でもこうやって国民が関心を持つのは良いことなのでしょう。
 さて歴史上の女帝は、在位中はみな独身だったといわれます。
 飛鳥時代までの女帝は、皇后または皇太子妃から即位された例がほとんどでした。天皇とはもともと最高の神を祭る立場なのであり、亡くなった先帝が神となってそれを祭る巫女……といったイメージが天皇の立場を確かなものにする時代だったのでしょうか。
 奈良時代には女性として初めて皇太子となって即位した孝謙(称徳)天皇の例があります。歴史の流れからすれば巫女のイメージを純化していったために最初から独身の女性天皇となったのだろうと思います。(江戸時代にとんでもない俗説が流布され、その出どこは国学派の一部かもしれません。大正天皇への俗説といい、出どこは右翼勢力であるというのが、奇妙なところです。)

 女帝か男帝かというのが現在の論議のようですが、そのどちらにも属さない「幼帝」と呼ばれた天皇がありました。9歳で即位した清和天皇をはじめ、平安時代に多く見られます。ある特定の氏族が政治の実権をにぎるために自分に都合の良い天皇を即位させて摂関政治の時代を築いたという見方もされます。けれど、もともと天皇には政治の実権はなかった歴史があり、最近の歴史学者の本によると、天皇家でも幼帝を歓迎した時代だったといいます。神を祭るという純粋な役割は幼帝こそがふさわしく、幼帝なら神そのものともなりえます。退位後は上皇となって天皇家を代表し、学芸の道に進み、女帝の場合と違って恋もします。さらに法皇となって僧籍に入る例もあります。
 こういう幼帝の存在は、お寺の稚児の存在に影響を与えたでしょうし、もっといろんな文化に影響を与えたと思うのですが、いろいろ調べてみると面白いかもしれません。

テーマ : 歴史 - ジャンル : 学問・文化・芸術

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さすがは鳩さま、ご造詣が深いですね。「幼帝」もあるんですね。それにしても、仮に今回、女帝が誕生したら、そして独身を貫かれたら、次は、誰が?その頃には、自分もいないからいいけど、気になります。

失礼ながらトラバしました

女帝となった上に、更に子どもも生まなくてはとなると、プレッシャーはますます大きくなるかもしれませんね。
実際のところは、皇太子様の次は、愛子様か、それとも皇籍復帰した昔の宮家の男子が養子になるかの論議のようです。
愛子様の女性天皇への道を作って、養子については秋篠宮さまや常陸宮さまとか傍系の皇族が皇太子様より先に養子を取れるような仕組みを作るのが良いのかも

つまり・・・

1番は愛子さま。2番は宮家に養子に入った男子の中から国民の人気と期待にこたえられる人、またはその養子の次の代になれば、皇族として不足はなくなるでしょうし・・・

天皇と近代以降の天皇制

私は、難しいことは何も知らないし
わからないのですが、天皇制の問題、
歴史的文化的な意味での”天皇”の
問題と、明治以降、特に日中戦争の
時代を経てからの天皇制の問題とは
本質が違っているように思えてなり
ません。日の丸、君が代の問題も、
素朴に国旗・国家の問題というより
変質後の天皇制問題に関わる踏絵の
役割を果たしているだろうと思って
います。とにかく、天皇制の問題は
とても怖いです…。

平和であってほしいですね

怖いですよね。明治以後、軍国化のために男女観も変わったようですし。
もしまた戦争がおきて日本を守るためなのか某大国を守るためなのかわからないような戦争だったらいちばん怖いです。
皇室は政治にはまったく関らないで、純粋に文化面だけに従事できたらいいと思いますけど。

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