この話は今回が最後です。
桂海律師と梅若が宿を共にしたとき、「行く末までの互の心を深く誓い合った」といいます。現代の一夜の契りでも、そういう気分は大切ではあります。
このときの梅若は、よく読むと、髪を結いあげた「初元結(はつもっとい)」とあり、これは男子の元服のときにこういう言葉を使うようです。普通の男子は髪を結いあげたあとに烏帽子(えぼし)をかぶって成人となるわけですが、その役にあたる人を烏帽子親といい、桂海は烏帽子親にもなるわけで、つまり親密な関係ということでしょう。梅若にとっては成人を迎えた夜の意味になりますから、やっぱり初めてのできごとというべきなのでしょう。
梅若の元を去って比叡山に帰った桂海でしたが、二人の心は離れがたく、梅若のほうから桂海に逢おうと旅に出ます。ところが途中で、梅若は山伏に化けた天狗に誘さらわれ、吉野の大峯山まで連れられて石牢に閉じこめられてしまいます。大峯山は女人禁制の山伏の山ですが、静御前が白拍子の服装で義経を訪ねて行ったのもその山でした。
その後、比叡山と三井寺の僧たちの間で争乱がおこり、三井寺は焼かれてしまいます。争いの原因は梅若と桂海にあるようにも書かれますが、どんな意味なのでしょう??。
梅若は、竜に救出され、寺に戻ってみると、無残に焼かれた寺のありさまを歎いて、瀬田の橋から身を投げてしまいます。「紅梅の小袖に水干」を着ていたといいますから、白拍子のような服装でしょうか。
梅若は観音の化身だったといいます。水に身を投げる悲しい物語は多いですが、かぐや姫が月に帰ったように、水の世界は梅若の故郷であり、梅若ももとは水から現われた水神の使いだったのかも。
→秋夜長物語その2
桂海律師と梅若が宿を共にしたとき、「行く末までの互の心を深く誓い合った」といいます。現代の一夜の契りでも、そういう気分は大切ではあります。
このときの梅若は、よく読むと、髪を結いあげた「初元結(はつもっとい)」とあり、これは男子の元服のときにこういう言葉を使うようです。普通の男子は髪を結いあげたあとに烏帽子(えぼし)をかぶって成人となるわけですが、その役にあたる人を烏帽子親といい、桂海は烏帽子親にもなるわけで、つまり親密な関係ということでしょう。梅若にとっては成人を迎えた夜の意味になりますから、やっぱり初めてのできごとというべきなのでしょう。
梅若の元を去って比叡山に帰った桂海でしたが、二人の心は離れがたく、梅若のほうから桂海に逢おうと旅に出ます。ところが途中で、梅若は山伏に化けた天狗に誘さらわれ、吉野の大峯山まで連れられて石牢に閉じこめられてしまいます。大峯山は女人禁制の山伏の山ですが、静御前が白拍子の服装で義経を訪ねて行ったのもその山でした。
その後、比叡山と三井寺の僧たちの間で争乱がおこり、三井寺は焼かれてしまいます。争いの原因は梅若と桂海にあるようにも書かれますが、どんな意味なのでしょう??。
梅若は、竜に救出され、寺に戻ってみると、無残に焼かれた寺のありさまを歎いて、瀬田の橋から身を投げてしまいます。「紅梅の小袖に水干」を着ていたといいますから、白拍子のような服装でしょうか。
梅若は観音の化身だったといいます。水に身を投げる悲しい物語は多いですが、かぐや姫が月に帰ったように、水の世界は梅若の故郷であり、梅若ももとは水から現われた水神の使いだったのかも。
→秋夜長物語その2
<<稚児が黄金を生んだ話(今昔物語) | ホーム | 小公子>>
Comment
なんともロマンチックですね。
「語りの文化の女性、文字文化の男性」
という見方は面白いですね。
日本に漢字が輸入され、平安時代になって女性たちが「ひらがな」を発明して、女流文学の花が開いたわけですが、ひらがなは1字1音ですから話し言葉に近い文字といえるかもしれません。
こんな便利なひらがなが出来ても男性たちは日記を書くにも漢字しか使うことを許されず、そうしたコンプレックスから「男もすなる日記といふものを」という書き出しで女性の文字と文体を装って日記を書いたのが紀貫之という人でした。
……ちょっと長くなりそうなので、新しい項目を立てて、そちらに書きたいと思います。^^ゞ
日本に漢字が輸入され、平安時代になって女性たちが「ひらがな」を発明して、女流文学の花が開いたわけですが、ひらがなは1字1音ですから話し言葉に近い文字といえるかもしれません。
こんな便利なひらがなが出来ても男性たちは日記を書くにも漢字しか使うことを許されず、そうしたコンプレックスから「男もすなる日記といふものを」という書き出しで女性の文字と文体を装って日記を書いたのが紀貫之という人でした。
……ちょっと長くなりそうなので、新しい項目を立てて、そちらに書きたいと思います。^^ゞ
Comment Form
Trackback
| HOME |

話は変わりますが、書き込みしてくださったように、古来から、女性には言葉を記憶し伝承する(アイヌのユーカラみたいだ・・・)能力や環境があったのでしょうか?逆を返せば、そうした能力に対抗し、文字文化を発達せしめたのは男性なのでしょうか?
関連事項でご存知のことがございましたら、教えていただけると幸いです。