ホームページを始めてから2年。いろんな人とのコミュニケーションがありました。それからずっと以前のエリザベスのころの2年余り。またその他。でも合計してみてもやっぱりそれほど長い年数ではありません。鳩子の人生からすれば何分の一かのものです。価値の大小や優劣の問題ではなく、短い年数の出来事と、その数倍もの年数の積み重ねで培われたものとでは、質が違いますし、長い過去を越えることはできないのだろうと思います。お友だちができたから何かが大きくふっきれたわけでもないし、それまでの自分への見方が大きく変わるようなことはないのでしょう。ある出来事をきっかけに自分の人生がガラッと変わったとかいうの、新興宗教みたいで好きではありません(ごめんなさい)。でも近いうちに子どものころの神隠しの話とかを書こうと思っていますけど。

 野辺に新しい花が咲いても、古い地下水脈は途絶えることがないというか……。

 鳩子が独りで対話してきた相手は何だったのだろうと思います。あのときの涙は何に対してのものだったのだろうかとか……。
 この「鳩子の忘れな草紙」で少しづつ答えを見つけたいと思っています。

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ふとしたことがきっかけで

ある出来事をきっかけに自分の人生が大きく変る、というのも、成人後にトランスするようになった人ではあるのかもしれません。でもほんとうはやっぱり、ふとしたことがきっかけになることが多いのではないか……というか、何気ないことがいくつか混じり合って見えたとき、ほんとうのことが見えてくるような・・・?

Re:独りで対話してきた相手とは(04/04)

わたしも......
もしかしたら.......
さがしつづけることが........
Answerのやうにも......
そんなふうにも......
おもったり......(^^ゞ
With love........(*^。^*)

金の斧

そりゃそうですよね。
だからHatoko Wordsも尽きないのかも。
「これがあなたの探してた金の斧ですか?」って聞かれたりすると、
本当に自分が金の斧を探してたような錯覚になることもありますからね、人間って。

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