前回の花を踏みつけて前進という話は、ロシアのドストエフスキーの小説に出てくるテーマだったように思います。革命家は前進するけれど、文学者はそうはいかないというのが、議論の行き着くところでしょうか。
 けれど革命家でなくても、将来への確信をもつことは、重要なことだと思います。少々のリスクは覚悟で前へ進むことは大事です。「自分のために」何かを判断して実行することも時には必要なのでしょう……。できるかできないかは別にして。
 小学校3年生のときの運動会の駆けっこで、すぐ前を走ってた子が転んで倒れこんでしまったので、私も立ち止まってしまったことがあります。倒れた子のそばに寄って「大丈夫?」と声をかけてみました。そういうことをする子は今もいるでしょうか。昔はたまにいたと思います。でも私自身、年長になるにしたがって、そういうことは自意識過剰でできなくなってゆきました。
 ギャンブルのように、人生のある場面でイチかバチか賭けてみることも、あっても良いのでしょう。そういう場合に、子どものころに、メンコ、ビー玉、ベーゴマといったギャンブル性のある遊びをした経験が生きてくるかもしれません。そういう遊びの経験がまったくない私にはできませんでしたけど。
 詩「橋のそばで」
http://hatopia.hp.infoseek.co.jp/poem/p29.htm

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