かまどと、ある語源の話(その2)
2005/03/11
トランスジェンダー史
昨日触れた狩野敏次氏の『かまど』(法政大学出版局)という本は、とても刺激的な本でした。窯、竃、釜などいくつかの意味をこめて「カマ」とカタカナで表記し、ホトも火処その他の意味を含めたカタカナ表記です。火山の火口の穴のことを、ホトと呼ぶ地方もあれば、カマと呼ぶ地方もある云々。おかまの語源としてはこれしかないかもしれません。広辞苑に、おかまとは「尻の異名」とありますが、この場合の尻とは柔らかい丸い臀部全体をいうわけではないのです。
Kamaの朝鮮語起源説は、同書の後半では否定されています。地名について、三方を山に囲まれた土地にカマという地名が多いこと(鎌倉など)、あるいは川の淵や滝壷のあるところ、海辺のくぼ地にもカマ(釜)のつく地名が多く、全国すみずみにまで広がっていることから、5世紀に外国から移入された言葉がそこまで広がったものとは考えにくいとのことで、その通りと思います。
滝壷などの水源地は、水底がくぼんでいたり、左右に岩が迫って洞穴のような形からカマと呼ばれたようで、滝の背後などの岩穴に水の神が祀られ、その穴はカマドによく似ていますが、そこでの祭をなんとカマド祭といったとか。穴についてはその奥が異界への出入り口と信じられたためのようです。
家のカマドのそばに河童や醜い顔の童子が居座ってその家に富をもたらす、という昔話が各地にあり、河童や童子は水神の使いであることから、かまどの神は水の神ではないかともいいます。
後世の稚児は非常に美しいいでたちでしたが、このときの河童または童子とつながるのかどうか……?
カマドは女子の管理したものですが、男子の管理した「庭かまど」というのもあり、臨時の祭のときに庭に作られ、祭が終わればそのかまどは壊されたとか。
水神と、童子と、女子と、男子が登場しました。民俗学では女子は水神の嫁になるといいます。童子と男子はあぶれてしまったのでしょうか?
★追記
おかまの語源についての従来説は『性の用語集』の中の三橋順子さん執筆の部分で、ほとんどすべて網羅されていると思われますので、興味のあるかたは参考にしてください(2005年04月30日)
★★追記2
これと直前の2つの記事は、一冊の本の感想文だったのですが、「おかま 語源」をキーワードに3年後の今でもよくアクセスがあるページです。
3年前にネット検索したときは、「尻の異称」という広辞苑の記述にふれたものは皆無だったのですが、今は広辞苑の名こそありませんが、そういう書き方が多くなりました。
ひとこと付け加えるようと思ったのは、江戸時代は、オカマもホドも、今の人が感じるほど下品な言葉ではなかったということです。人々はもっと大らかな時代でしたし、ウンチだって肥料にしたりで資源として大切にされました。時代が進むと人々に大らかさがなくなり、潔癖症のような人が増えていって、そしてその言葉に差別感を感じる人が増えてしまったのでしょう。けれど大事なことは、差別だといって言葉狩りをすることではなくて、大らかさを取り戻すことだと思います。
鳩子自身も、おかまを自称することがあります。(2008/3/18)
Kamaの朝鮮語起源説は、同書の後半では否定されています。地名について、三方を山に囲まれた土地にカマという地名が多いこと(鎌倉など)、あるいは川の淵や滝壷のあるところ、海辺のくぼ地にもカマ(釜)のつく地名が多く、全国すみずみにまで広がっていることから、5世紀に外国から移入された言葉がそこまで広がったものとは考えにくいとのことで、その通りと思います。
滝壷などの水源地は、水底がくぼんでいたり、左右に岩が迫って洞穴のような形からカマと呼ばれたようで、滝の背後などの岩穴に水の神が祀られ、その穴はカマドによく似ていますが、そこでの祭をなんとカマド祭といったとか。穴についてはその奥が異界への出入り口と信じられたためのようです。
家のカマドのそばに河童や醜い顔の童子が居座ってその家に富をもたらす、という昔話が各地にあり、河童や童子は水神の使いであることから、かまどの神は水の神ではないかともいいます。
後世の稚児は非常に美しいいでたちでしたが、このときの河童または童子とつながるのかどうか……?
カマドは女子の管理したものですが、男子の管理した「庭かまど」というのもあり、臨時の祭のときに庭に作られ、祭が終わればそのかまどは壊されたとか。
水神と、童子と、女子と、男子が登場しました。民俗学では女子は水神の嫁になるといいます。童子と男子はあぶれてしまったのでしょうか?
★追記
おかまの語源についての従来説は『性の用語集』の中の三橋順子さん執筆の部分で、ほとんどすべて網羅されていると思われますので、興味のあるかたは参考にしてください(2005年04月30日)
★★追記2
これと直前の2つの記事は、一冊の本の感想文だったのですが、「おかま 語源」をキーワードに3年後の今でもよくアクセスがあるページです。
3年前にネット検索したときは、「尻の異称」という広辞苑の記述にふれたものは皆無だったのですが、今は広辞苑の名こそありませんが、そういう書き方が多くなりました。
ひとこと付け加えるようと思ったのは、江戸時代は、オカマもホドも、今の人が感じるほど下品な言葉ではなかったということです。人々はもっと大らかな時代でしたし、ウンチだって肥料にしたりで資源として大切にされました。時代が進むと人々に大らかさがなくなり、潔癖症のような人が増えていって、そしてその言葉に差別感を感じる人が増えてしまったのでしょう。けれど大事なことは、差別だといって言葉狩りをすることではなくて、大らかさを取り戻すことだと思います。
鳩子自身も、おかまを自称することがあります。(2008/3/18)
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