2月23日の「山伏と持者〜『七十一番職人歌合』から」の続きです。
図書館で『鎌倉放生会職人歌合』を探して持者の歌を見ました。「放生会(ほうじょうえ)」とは旧暦八月十五夜のお祭り行事のことです。お月見も行なわれたようです。
こちらでは「相人」(占いをする人)と左右に分れて、「月」と「恋」を題にして詠まれています。参考書はないので自分で現代語訳をつけてみました。
◆左 相人
かねてより月の行方のみえしかな 言ふにたがはで雲晴れにけり
(ずっと月の行くえは見えていました。言う通り雲は晴れました)
……「言ふに違はで」とは相人らしいですが、ちょっと理屈っぽい感じで、判者の評価も低いようです。月とはもちろん恋人にたとえてのことでしょう。
我といはば逢はんと人や思ふとて 恋ふるあたりに打ちなのりつつ
(私だといえば会ってくれると思うから、恋しい人の住むあたりで名を口にしてみるのです)
……なんとなくわかります。逢ってもらえるといいですね。
◆右 持者
やどれ月 心のくまもなかりけり 袖をば貸さん 神の宮つこ
(どうぞお宿りください、満月のように迷いはありません。袖も貸しましょう、神の宮つこ様)
……「神の宮つこ」とは神官のことでしょうか。リズムの良い歌で、「上手めきて」という判者の言葉が添えられているのもうなづけます。持者が神官と宿をともにすることを歌ったものでしょう。
なべてには恋の心も変るらん まことはうなひ かりは乙女子
(普通なら恋の心も変るでしょう。本当は少年、仮の姿の乙女ですから)
……「うなひ」とは「うなひ髪」のことで元服前の少年、または職業によっては成人してもしばらくそのような髪のままの若い男の子のことでしょう。女性でないことを知って恋もさめるだろうという内容なのですが、そういうのは人それぞれでしょうし、やはり判者の評価も低いようです。
図書館で『鎌倉放生会職人歌合』を探して持者の歌を見ました。「放生会(ほうじょうえ)」とは旧暦八月十五夜のお祭り行事のことです。お月見も行なわれたようです。
こちらでは「相人」(占いをする人)と左右に分れて、「月」と「恋」を題にして詠まれています。参考書はないので自分で現代語訳をつけてみました。
◆左 相人
かねてより月の行方のみえしかな 言ふにたがはで雲晴れにけり
(ずっと月の行くえは見えていました。言う通り雲は晴れました)
……「言ふに違はで」とは相人らしいですが、ちょっと理屈っぽい感じで、判者の評価も低いようです。月とはもちろん恋人にたとえてのことでしょう。
我といはば逢はんと人や思ふとて 恋ふるあたりに打ちなのりつつ
(私だといえば会ってくれると思うから、恋しい人の住むあたりで名を口にしてみるのです)
……なんとなくわかります。逢ってもらえるといいですね。
◆右 持者
やどれ月 心のくまもなかりけり 袖をば貸さん 神の宮つこ
(どうぞお宿りください、満月のように迷いはありません。袖も貸しましょう、神の宮つこ様)
……「神の宮つこ」とは神官のことでしょうか。リズムの良い歌で、「上手めきて」という判者の言葉が添えられているのもうなづけます。持者が神官と宿をともにすることを歌ったものでしょう。
なべてには恋の心も変るらん まことはうなひ かりは乙女子
(普通なら恋の心も変るでしょう。本当は少年、仮の姿の乙女ですから)
……「うなひ」とは「うなひ髪」のことで元服前の少年、または職業によっては成人してもしばらくそのような髪のままの若い男の子のことでしょう。女性でないことを知って恋もさめるだろうという内容なのですが、そういうのは人それぞれでしょうし、やはり判者の評価も低いようです。
<<おひなさま | ホーム | 男ユタ 〜藤井貞和『物語の結婚』>>
Comment
「持者」については
「日本トランスジェンダー略史」
失礼いたしました。
既にその本で触れられていることを忘れていました。何か歌合のことが書いてあったかもしれないという記憶はあったのですが、もっときらびやかな世界のことのように思いこんでいました。……本を再確認すると、鎌倉放生会の絵巻でしょうか、絵に描かれた持者の衣装の説明があります。その視覚的な印象が優位になって記憶に残ってしまったようです。
その本の説明では持者の絵には髭が描かれているそうですが、そうですか……、個人的にはそういうのは一種の絵としての記号のようなものと思ってしまいます。江戸時代の枕絵でも誇張された巨大なものが描かれていますし、絵というのはそういうものではないかと、9/4にDiaryにも書きました。そのまま描けば女性にしか見えないので、持者であることを示すために誇張したものが描かれたのではないかという想像です。
『七十一番職人歌合』を開いてみたのは、女性の職業にどんなものがあったかという興味からだったのですが、持者の歌を見つけました。順子さんの本にあったのは違う資料だと思いこんでいたのですが、同じとなるとやはり史料の全体が少ないわけなのでしょうか。
「日本トランスジェンダー略史」は「略」の字が抜けて1冊になればと期待しています。
既にその本で触れられていることを忘れていました。何か歌合のことが書いてあったかもしれないという記憶はあったのですが、もっときらびやかな世界のことのように思いこんでいました。……本を再確認すると、鎌倉放生会の絵巻でしょうか、絵に描かれた持者の衣装の説明があります。その視覚的な印象が優位になって記憶に残ってしまったようです。
その本の説明では持者の絵には髭が描かれているそうですが、そうですか……、個人的にはそういうのは一種の絵としての記号のようなものと思ってしまいます。江戸時代の枕絵でも誇張された巨大なものが描かれていますし、絵というのはそういうものではないかと、9/4にDiaryにも書きました。そのまま描けば女性にしか見えないので、持者であることを示すために誇張したものが描かれたのではないかという想像です。
『七十一番職人歌合』を開いてみたのは、女性の職業にどんなものがあったかという興味からだったのですが、持者の歌を見つけました。順子さんの本にあったのは違う資料だと思いこんでいたのですが、同じとなるとやはり史料の全体が少ないわけなのでしょうか。
「日本トランスジェンダー略史」は「略」の字が抜けて1冊になればと期待しています。
Comment Form
Trackback
| HOME |

「持者」については、『トランスジェンダリズム宣言』掲載の拙稿「日本トランスジェンダー略史」96〜97頁で、簡単ですが触れております。
ご参照ください。