Archives: 200804
PC9801Nオードリー・ヘプバーンの古い映画で、タイピストの女性が流行作家の秘書になって、タイプライターをカチャカチャ……。
そしてストーリーはラブ・コメディーといった展開なのですが、美人タイピストのあのかっこよさというか、そしてあの黒いどっしりとしたタイプライターの重み。でも当時は小型だったわけで、アルファベット26文字しかない国の文化だから、ああいう機械も発明されるんでしょうね。日本では考えられない機械でした。

1980年代のはじめに、日本語の小型のワープロ専用機が発売になったとき、これはたとえ食費をけずってでも買わなきゃいけないと思いました。
そして買いました。これで私も美人秘書になれるかも? 
美人かどうかはわかりませんが、夢だけはふくらんでいったのです。

そして性能の低いワープロ機械に飽きて、パソコンへ。
パソコンにも小型化の波が押し寄せてきました。
> PC9801N
東芝のダイナブックに遅れること2〜3か月、日本電気の待望久しい98ノートでした。写真に写ってるのがそうですが、1989年ですね。
今ではノートPCもその半分以下の重さになって、高性能で、インターネットにもつなげられるわけです。コミュニケーショングッズの代表格にもなってるわけですが、さて、

タイピストの夢は、スマートに文字を連ねていって見えないものが形になっていくことにあったわけなんです。得体の知れない巨大なシステムの端末になることではなかったはずなんですね。
ものを表現したり作ったりすることが軽く見られ、「コミュニケーション」の取引のなかに何でも放り投げてしまう状況というのは、ちょっと待ってよという感じです。
テレビやラジオで事件のニュースを聞いていると、被害者については、ほとんど匿名ではあるのですが、性別や年齢については必ず言われてしまうようなのですね。

被害者のことは「女性」と言いますが、加害者で名前のわからない場合は「女」と言ってます。「女性」より「女」のほうが価値が低いのかどうかはわかりませんが、アナウンサーはハッキリ区別して言います。少年法が適用される年齢では、被害者も加害者も「少女」と言いうようです。

その性別はどうやって判断するのか気になりますが、犯人で名前もわからなければ、目撃情報ということになるでしょうね。見た目ということです。被害者については、たぶん警察の事情聴取かなんかがあって、本人が署名するときに性別欄もあるのではないでしょうか。

少し昔は、容疑者なら「A」とか「A子」、被害者なら「Aさん」で、性別感は薄かったように思います。「少女A」というのもありましたけど。それより昔は実名報道で、容疑者なら苗字を呼び捨てにされたわけで、性別感はないわけです。

最近のニュースは「女は」とか「女性は」とかいう言葉を、何度も何度も繰り返すことになるので、耳障りではあるわけです。
このごろは身分証明書の性別欄を廃止するような動きもあるようですし、でもどうなんでしょうね
FC2の「拍手」は9か月くらいで合計「112拍手」をいただきました。
少し扱いにくい点があるので、拍手の表示はやめることにしました。扱いにくい点というのは、ぞれぞれの記事ページには拍手数を表示できるのですが、全体の集計は30日以内のものしか表示されません。また、拍手の多い記事は、アクセス数の多い記事とほぼ同じで、データの独自性があまり感じられません。「全記事一覧ページ」に拍手数が表示できればよかったかもしれませんけど。

それで先週「はてなスター」を導入することにしました。
はてなスター 鳩子の忘れな草紙
現在のところ、クリックしたのは鳩子だけのようなので、「人気ページ」でなく、鳩子の「おすすめページ」であったり、自分自身にとっての重要なリストになっています。現在は☆1つが最高ポイントです。
(FC2の拍手は自分でクリックしたのは最初の2回だけ(十二単の話)でした)

ところで、FC2の 全記事一覧 のページに表示されるGoogleの広告は、よくできてますね。ブログ内の重要キーワードから、関連性のある広告を選んで表示するのでしょう。広告料はFC2へ入るのだと思います。
表示するごとに若干違うときもありますが、こんな感じです。
 性同一性障害の総合診療(某クリニック
 文芸社主催コンテスト紹介(文芸賞作品募集)
 人工乳房、性転換グッズ、ウッィグ 即日発送
 パニック障害は治る
 近畿大学オープンカレッジ(通信教育でなくネット大学?)
 全集日本の歴史(書籍)
 辛い介護にお悩みならコレ
4d42.jpg子どものころ、おまえは橋の下に捨てられていたのを拾われてきたんだと、そんなことを言われたことのある人は多いことでしょう。そういえば私も…? 自分はほんとうに捨て子なのかしらとか、どこからか貰われて来た子どもなのかもしれないとか、疑ったり悩んだりした経験をもつ子は、少なくなかったのかもしれません。なかには、思春期のころになって、今の親が実の親ではないと信じこんでしまったり、神経症のようになってしまう子もいたような話。
でも時代とともにそういうことは少なくなってきたというアンケート調査のようなものもあるようです。

捨て子だとしたら、いったい誰の子なのだろうとか、そこまで深刻には考えないのが普通のようですが、そうでない子もいて、戦後では、有名な芸能人の子であるとか、戦前だったら、高貴な血筋の落とし胤ではないかとか……。プリンセスの血筋だったら、待っていればいつか必ず王子さまが現れるにちがいないとか、そんな話ともつながっていくのかもしれません。

なぜ皆が皆、そういった同じような夢……(時には悪い)夢をみたのか、学者の分析もまちまちのようです。
現代になって、そういうのがだんだん少なくなった理由については、やはり科学というか、親子関係の証明は最終的にはDNA鑑定だというような考え方と関係あるのでしょう。
最近は、親子関係を疑うきっかけが、血液型の知識の誤解であったり、疑うにしてもそうでないにしても、科学が基準になってしまっているわけです。

そうやって時代とともに古い形の捨て子・継子伝説のようなものは、消えて行きそうなのですがが、それに替わって登場してきた「夢」もあるような気がします。誰もが同じ夢というのではないのですが、ある程度の数の人が同じ夢を見ます。神経症のようにも高じてしまうという点は共通しています。けれど昔と違う点は、「科学」を味方に付けているということです。ま、そこまで大げさでなくても、「病気」と認定されて心が安らぐかのような心理は、確かに増えているのでしょう。

科学ではなく「物語」を味方につけようとしていたのが、今風の性同一性障害ではなく、古い「牧歌的トランスジェンダー」のことなのかもしれませんね。