自閉症"診断"プログラム
2006/12/28
トランスジェンダー・性同一性障害
自閉症とトランスジェンダー(特にFtM)の問題は、これまで何回か書いたと思います。
「自閉症スペクトラム指数自己診断」というのがありました。
http://www.the-fortuneteller.com/asperger/aq-j.html
児童用の診断ということですが、自分でやってみました。点数が高いのが自閉症的傾向らしいです。
あなたの得点は14点です。
社会的スキル 6点
注意の切り替え 1点
細部への注意 3点
コミュニケーション 2点
想像力 2点
閾値内に収まっています。
私の14点は意外に(?)低かったです。
想像力は、私については不足はないでしょう ^^;。
コミュニケーション能力は年齢が上がれば障害は少ないです。できるかできないかと聞かれて、できると答えたものでも、好きか嫌いかということなら、嫌いと答えるかも?
細部への注意、?
注意の切り替えは、「ながら族」ですから問題なし。
問題は「社会的スキル」ですが、これは要するに世間の処世術のような意味ですから、私の場合、自分の人生観の視点で解答してるのでしょうね。つまり自信をもって処世的な価値を認めないわけです。
「注意の切り替え」についてですが、最近のテレビのニュースショーやクイズ番組などで、ぐっと盛り上がって見る者を惹きつけた直後にCMというのは、全然切り替えができないので、ああいうのは見なくなりました。昔の番組ではありえませんでした。ああいう番組は、逆に子どもの集中力を養うのに良くないのではないかと思います。
「自閉症スペクトラム指数自己診断」というのがありました。
http://www.the-fortuneteller.com/asperger/aq-j.html
児童用の診断ということですが、自分でやってみました。点数が高いのが自閉症的傾向らしいです。
あなたの得点は14点です。
社会的スキル 6点
注意の切り替え 1点
細部への注意 3点
コミュニケーション 2点
想像力 2点
閾値内に収まっています。
私の14点は意外に(?)低かったです。
想像力は、私については不足はないでしょう ^^;。
コミュニケーション能力は年齢が上がれば障害は少ないです。できるかできないかと聞かれて、できると答えたものでも、好きか嫌いかということなら、嫌いと答えるかも?
細部への注意、?
注意の切り替えは、「ながら族」ですから問題なし。
問題は「社会的スキル」ですが、これは要するに世間の処世術のような意味ですから、私の場合、自分の人生観の視点で解答してるのでしょうね。つまり自信をもって処世的な価値を認めないわけです。
「注意の切り替え」についてですが、最近のテレビのニュースショーやクイズ番組などで、ぐっと盛り上がって見る者を惹きつけた直後にCMというのは、全然切り替えができないので、ああいうのは見なくなりました。昔の番組ではありえませんでした。ああいう番組は、逆に子どもの集中力を養うのに良くないのではないかと思います。
世代別による体格差 〜背伸びだった時代〜
2006/12/23
トランスジェンダー史
東京渋谷の若者で賑わう商店街では、従来の商店組合のオジサンたちが自主的に巡回パトロールして、取り締まりを始めたと、先月TVのワイドショーでやっていました。夜の路上でアクセサリーを売る若者の露店は退去、チンドン屋さんも許可を得たコースから1歩も外へ出てはいけないなどの、ルールを守ることが徹底されつつあるとのこと。大道芸などを繁華街の賑わいの象徴イベントとするのでなく、単に購買客の数の多さをめざすということなのでしょうが、それはともかく、パトロールのオジサンたちは50代で身長175センチ体重70〜80キロ。そんな強そうなオジサンを前にして、若者たちは170センチ以下体重50数キロの貧弱な体形でペコペコしていました。
オジサンたちはパトロールという役割のため特に大柄な人が選ばれたのでしょう。けれど、あと10年もすると、日本の男性の体格の平均値が、屈強な壮年、貧弱な若者ということになると思います。明治時代以後のどの時代にもなかった現象です。
オジサンたちは人生経験だけでなく、体格でも優位になります。若者に元気がなくなるのは当然なのかも。
若い女性たちも、身長体重とも数字の上では小さくなるのでしょうが、胸は大きいしウエストは細いですから、オバサンたちより優位であることは変わりません。
これからの若者は、女装して年上の男性と交際するには有利な体格ともいえます。
性同一性障害の問題も増えて行くわけなのでしょう。
★補足 日本人の平均身長が小さくなったというデータはありませんが、今の40代以下では伸びはストップして横這いになりつつあるようです。
http://www.eps4.comlink.ne.jp/~duciel/eiken/saigen/05-1-12/saijiki05-2r.htm
世代による体格差がなくなるというのは、江戸時代以前の時代に戻ることなのでしょう。日本人はそのとき初めて「明治以後の近代」を冷静に反省できるようになれるかもしれません。体格の上でも「背伸びの時代」だったのです。
ジェンダーと一人称代名詞
2006/12/19
ジェンダー
現代の日本語の一人称代名詞について、関東地方での使われ方を考えてみます。
女子は、幼少時にアタシ(またはワタシ)を使い始めると、ほぼ一生その言葉だけを使い続けるようです。
男子は複雑です。幼少時にボクまたはオレを使い始め、中学生のころオレがかなり優勢となります。高校生以上ではオレとボクを使い分ける人が多くなり、大学生や社会人になるとさらにワタシを使い分けるようになります。昔の軍隊ではジブン(自分)というのもあり、今も使われます。
現代の日本人男子は、これほどの使い分けを強いられ、それは特に思春期のころの自我の形成に影響を及ぼすこともあるのではないかと思います。
小学生のころボクと言っていた子が、中学生になってすんなり仲間と同じオレと言えれば良いのですが、屈折した気持ちになる男子も少なくないようです。そのような男子は自閉的な心理に陥るのではないかということです。
けれど昔の例では、正統派の江戸古典落語の世界では、庶民の一人称の言いかたは現代とはだいぶ異なります。子どもは男子も女子もアタイです。大人になれば皆アタシなのですが、長屋住まいの男性の中にはオレと言う場合があります。
アタイやアタシは、関西のワテやアテと通じるものなのでしょう。落語家は現代でもアタシと言います。
オレは、江戸周辺の関東地方で、男女ともに使われた言葉が移入されたもののようです。東北地方のオラと通じるものです。仕事を求めて江戸に移住して来た人の言葉ということになります。
元は単純だったようです。男言葉と女言葉の差も、あまりなかったようなのです。
(落語の長屋の職人さんの場合、外向けには「アチシ」とか「アッシ」とも言っています)
明治時代以後になって、男子は複雑な一人称代名詞の使い分けをするようになったわけです。女子はというと、女言葉を独自に洗練させてきました。
こういう流れを、文化の洗練として賞讚する見方もあるようですが、少々の疑問も感じられます。女子は従来の女言葉をだんだん使わなくなっている傾向があると思います。男子も落語家のようにアタシだけで通せたら良いと思うのですが……
女子は、幼少時にアタシ(またはワタシ)を使い始めると、ほぼ一生その言葉だけを使い続けるようです。
男子は複雑です。幼少時にボクまたはオレを使い始め、中学生のころオレがかなり優勢となります。高校生以上ではオレとボクを使い分ける人が多くなり、大学生や社会人になるとさらにワタシを使い分けるようになります。昔の軍隊ではジブン(自分)というのもあり、今も使われます。
現代の日本人男子は、これほどの使い分けを強いられ、それは特に思春期のころの自我の形成に影響を及ぼすこともあるのではないかと思います。
小学生のころボクと言っていた子が、中学生になってすんなり仲間と同じオレと言えれば良いのですが、屈折した気持ちになる男子も少なくないようです。そのような男子は自閉的な心理に陥るのではないかということです。
けれど昔の例では、正統派の江戸古典落語の世界では、庶民の一人称の言いかたは現代とはだいぶ異なります。子どもは男子も女子もアタイです。大人になれば皆アタシなのですが、長屋住まいの男性の中にはオレと言う場合があります。
アタイやアタシは、関西のワテやアテと通じるものなのでしょう。落語家は現代でもアタシと言います。
オレは、江戸周辺の関東地方で、男女ともに使われた言葉が移入されたもののようです。東北地方のオラと通じるものです。仕事を求めて江戸に移住して来た人の言葉ということになります。
元は単純だったようです。男言葉と女言葉の差も、あまりなかったようなのです。
(落語の長屋の職人さんの場合、外向けには「アチシ」とか「アッシ」とも言っています)
明治時代以後になって、男子は複雑な一人称代名詞の使い分けをするようになったわけです。女子はというと、女言葉を独自に洗練させてきました。
こういう流れを、文化の洗練として賞讚する見方もあるようですが、少々の疑問も感じられます。女子は従来の女言葉をだんだん使わなくなっている傾向があると思います。男子も落語家のようにアタシだけで通せたら良いと思うのですが……
「戒名無料作成サービス 」
2006/12/16
トランスジェンダー・性同一性障害
トランスのはじめのころ、自分だけの秘密であったころは、いくら女の子らしい服装をしてみても、女の子らしい名前で自分を呼ぶことはありませんでした。秘密の世界にいるのは自分一人だけ。自分らしい名前は必要なかったのです。
でも写真を投稿しようと思ったり、人前に出てみたりすると、自分の名前がないことに気づきます。
そこで自分で名前を考えることになります。誰かに名前を付けてもらうのも良いかも。そのうちに戸籍の名前の変更まで進む人もいるようです。
人生の最後に、死んだあとは、名前はどうでも良いような気がしますが、日本人の多くは、お寺に戒名を付けてもらいます。こんなサイトがありました。
戒名無料作成サービス
http://homepage3.nifty.com/jiyujoho/kaimyo.htm
「お名前」のところに自分の名前をフルネームで入れて、女なら「大姉」か「信女」、男なら「居士」か「信士」を選択して、「作成」をクリックします。
五日市鳩子 大姉 ……としてみたら、
必与院湾舵娘問大姉
どんな意味でしょう? 必ず与える?湾で船の舵をとる娘に問う??
戒名らしくない変な漢字が出ることがありますので「再作成」を何回かクリックすると良いかも。
癒しのトランスジェンダー論
2006/12/13
トランスジェンダー・性同一性障害
トランスジェンダーとは、広い意味では、いわば「趣味の女装」から、外科手術などによる女性化状態(または男性化状態)までをいうのですが、この「から……まで」という表現には、進化論的な意味は何もないというのが重要です。また、半陰陽やら、伝説上の両性具有物語までも含めてしまいます。狭い意味では、大きな肉体改造までは求めないその手前で揺れ動いているような人をいうのですが、ここでも「その手前」とは、1本の道程上のことではないわけです。
けれどあえて手前というのですが、なぜ手前でとどまるのかといえば、実生活上の便宜やら、健康へのリスクうんぬんの話は本質的な問題ではなくて、改造された肉体を手にしたところではたして本当の心の解放はあるのだろうかという根本的な疑問があるからだろうと思います。どちらに進むにしろ、心理学的な意味ではなく心がどう癒されるべきかという問題は避けられません。
そのことが、このブログのテーマになっていると思います。
あえて「手前」と言って一直線上にすべてを置いて見たとき、すべての行為は挫折であることを、どう受けとめるべきなのでしょう。
もっと文章を続けようと思いましたが、ちょっとひと休み (-.-)
哀しきトランスジェンダー
2006/12/04
トランスジェンダー史
就職難なので、ニューハーフにでもなってみようかという若い人もいるそうですが、実際は体育会系の男社会だったりして、思い描いたようにはいかず、世の中はそんなには甘くないらしいです。
最近は売れなくなったホストがニューハーフに転職したり、その逆もあるような、Mさんのお話。
トランスするのにそれが本人の意志によるものなのか否か、という分類法がありましたが、「就職のため」というのはどうなるでしょうか。どちらにしても、分類の意味にどれほどの価値があるでしょう。哀しきものはトランスです。
「女装の被葬者」のところで書いた「古代の二人の首長」の話は、鳥越憲三郎という歴史学者の本にも出てきます。年少の弟が皇位を継承する末子相続が古代に多かったのは、兄が政治、弟が祭祀という分業統治だったからだという説です。当然天皇は女装です。
こうした統治形態が地方の村々にまで行われていたとしたら、祭祀者になりたいという年少者たちが何人もいたとしても不思議ではありません。事実、皇位継承争いをはじめさまざまな事件は歴史をにぎわしています。年長者たちの権力に対して、年少者たちは、女装に憧れ女装をしたかったのだともいえます。
となると、歴史上の王の女装、祭祀での女装は、「個人の意志」によらない女装と分類されてきたことも、大きな疑問になるわけです。
それはまさに哲学者の言葉ではないけれど「権力への意志」ならぬ「女装への意志」でもあったのかもしれません。
最近は売れなくなったホストがニューハーフに転職したり、その逆もあるような、Mさんのお話。
トランスするのにそれが本人の意志によるものなのか否か、という分類法がありましたが、「就職のため」というのはどうなるでしょうか。どちらにしても、分類の意味にどれほどの価値があるでしょう。哀しきものはトランスです。
「女装の被葬者」のところで書いた「古代の二人の首長」の話は、鳥越憲三郎という歴史学者の本にも出てきます。年少の弟が皇位を継承する末子相続が古代に多かったのは、兄が政治、弟が祭祀という分業統治だったからだという説です。当然天皇は女装です。
こうした統治形態が地方の村々にまで行われていたとしたら、祭祀者になりたいという年少者たちが何人もいたとしても不思議ではありません。事実、皇位継承争いをはじめさまざまな事件は歴史をにぎわしています。年長者たちの権力に対して、年少者たちは、女装に憧れ女装をしたかったのだともいえます。
となると、歴史上の王の女装、祭祀での女装は、「個人の意志」によらない女装と分類されてきたことも、大きな疑問になるわけです。
それはまさに哲学者の言葉ではないけれど「権力への意志」ならぬ「女装への意志」でもあったのかもしれません。
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