暗い話を
2006/07/22
詩・ショートストーリー
思いっきり暗い話を書きたいような気持ち。これでもけっこう明るく装っているつもりなのですが、もしかすると根は暗いのかも。暗い話にはどういうのがあるでしょう。
暗い部屋に一人きり、1ヶ月も訪れる人もなくて、ただじっと息をひそめて暮らしている。でもあたしは一人でも楽しいことをどんどん思いついてしまうほうなので、あまり関係ないかも。
世の中に対する欲求もあまりないので、つもりつもった恨みつらみを暗く表現するということもできそうにありません。攻撃的な暗さということですから、ちょっと無理かも。
むかし読んだ少女漫画で、なぜかわからないけど、主人公に次から次へと不幸が襲いかかるような話。そういうのならいけるかもしれません。
定番としては意地悪な継母がいて、父はのんだくれで収入もなく、食べるものも与えられない小さい姉妹。窮乏をみかねた親戚に妹だけ引きとられて、姉妹は離れ離れに。でも妹だけは幸せに暮らしているだろうと思っていたら、ある日のこと、なんていう感じの話が多かったかも。
木と生きる少年
2006/07/17
詩・ショートストーリー
ずっと昔の話、女の子が生まれると記念に木を植えて、お嫁に行くころにはその木も大きく育っていますから、その木を伐って家具などを作って嫁入り道具にしたのだそうです。あるページによると鹿児島県では柘植(つげ)の木を植えたそうですから、きっと櫛を作ったりして持たせてあげたのでしょう。
鳩子の生まれた家でも、姉が生まれたときに何本か木を植えました。でも婚礼家具は家具屋さんで買いました。時代が変わってしまったということなのでしょう。生まれた当時はまだ古い習慣が残っていたのかも。
鳩子は男の子として生まれたので、木は植えてもらえませんでした。よく七五三のとき、お姉ちゃんの着物がうらやましくて、自分もああいうのが着たいとだだをこねた坊やがいたそうですけど、あとでこの木が姉の生まれたときに植えたものだと教えられたときには、子ども心にちょっとだけうらやましく思いました。その木は今は姉の形見のようになって実家に残っています。
さて、ここからは別の話。
銀杏など、雌雄のある植物があります。どのくらい育ったときに、雌木と雄木の区別がわかるのでしょうか。
ネットを調べたところによると、さまざまな俗説はあるけれど、「日本林学会」の論文では「ある程度大きくなるまでは雌雄の区別は不可」ということらしいです。
生まれたときに小さな銀杏の苗を植えてもらって、子どもも成長し、銀杏も成長して行きます。ある時期になると、銀杏には雌木なのか雄木なのかはっきりわかる兆候が見られるとします。そこに至るまでに、雌になるのか雄になるのか、不安と期待の中で、毎日その木を見つめながら、共に生きてゆく少年または少女のストーリー。(最初7/11。改定7/17)
今はもうEカップではなくて、Fカップ、Gカップの時代なんだそうです。最近の若い女性は、メイクや着るものはもうみんな100点満点みたいな人がたくさん増えてきて、あとはカラダで差をつけるしかないんだそうで、それで豊胸手術なんかもブームになるんだろうって、どこかで読みました。
ずっと前には、素敵なファッションの女性を見ると、憧れのまなざしでぼーっと見とれてしまうことも、よくありました。最近はそういう人を毎日たくさん見かけますから、珍しくありません。あの時代の素敵な女性たちは、みんな個性的だったりします。
それよりもさらに昔の人というか、五月みどりという人が和服で歌っているのをテレビで見ました。とてもチャーミングというか、身のこなしも女性らしくて魅力的で、近くに映ってた40〜50代の女性歌手の人とは比べものになりません。彼女の年代のお姐さんがたの和服姿は、とても艶っぽい人ばかりだったのでしょうが、五月みどりさんの場合は、ちょっと現代的な可愛らしさも加わってます。
そんな映像を見ながら思ったことは、あんなふうな身のこなしができれば、あの時代のトランスお姐さんたちも、申し分のない女として通用したんだろうなということでした。まわりの男性や女性たちも、女のそういうところを見るわけですから、何の不足もないわけです。今のGカップお姉ちゃんから比べれば、胸はAカップ以下、というより何もなかった人が多かったわけなのでしょう。それでもとても魅力的だったわけです。
そういう時代のあとに、女性たちが洋装を取りいれていったとき、着こなしということに世の中の関心が移ってしまったのでしょう。その次の時代が現代で、Fカップ、Gカップというわけです。
アニメなどの2次元の世界では、艶っぽい身のこなしは表現できないのでしょうか。
アニメといえば、ディズニーの『ピノキオ』に出てくる女神の身のこなしはセクシーでした。『白雪姫』も奇麗な動きでした。あんな風に動くアニメは、あの時代だけでなのでしょう。今はやっぱり巨乳美少女アニメ? アニメの世界では、その中間の、ファッションでみせるということはできなかったみたいです。細かい絵を描かなければなりませんし、細かい絵を動かすというのはさらに大変なことでしょうから。
トランスジェンダーな日々
2006/07/06
トランスジェンダー・性同一性障害
このブログとは別のホームページの日記のタイトルは、昨年9月末から「Hatopia鳩子ロマンス」でしたが、それより以前に使っていた「トランスジェンダーな日々」に戻しました(7月1日)。最近は、トランスジェンダーという言葉を、どうも性同一性障害の当事者のような意味合いで使っているものばかりが目につくような気がします。この言葉がよく使われはじめたころは、トランスセクシャルとトランスベスタイトの中間的意味というような使われ方が多かったと思いますので、そのころの意味合いでなら、たぶん鳩子にはいちばんぴったりくるからです。
むかしの鳩子のような人は、今の若い人ならみんなGIDのほうへ行ってしまうのかもしれません。最近は「性同一性障害なんとか」という言葉も1ページの中にたくさん出てくると滅入ってしまうような感じになるので、トランスジェンダーと言ってしまうのもあるのかも。
登録は近年は難関といわれるこのページ・・・Open Directory
「社会: 性・ジェンダー: トランスジェンダー」
このページには以前「女装家 三橋順子homepage」が登録されていたと思うのですが、現在はサブカテゴリの「異性装」のところへ移動しています。この移動は、不審です。「トランスジェンダー=性同一性障害」という狭い観点から、サイト名に「女装」とあるのを除外したのかもしれませんけれど……。
女装という言葉の受けとめられ方も、だんだん変わってきています。たとえば「女装は萌え文化」うんぬんなど。
GID系サイトは、ftMは心に残るものは多いのですが、MtFとなると法律関係や、女性ホルモン服用報告記事の他には、なかなか見るべきものは少ないのは、なぜなのでしょう。
言葉の意味が時代の流れで変わって行ってしまうのは、押し止めることはできませんから、ある時点でまったく新しい言葉を発明しなければならなくなるのかも。
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