高石ともやの歌を古いテープで聞きました
2006/02/28
音楽

古いカセットテープで、高石ともやの歌、3曲を聞きました。昔のラジオからの録音で、タイトルがわかりません。でも今はインターネットで歌詞の一部を検索すればわかるんですね。
1つめの歌は「生きている鳥たちが生きて飛び回る空を、あなたに残しておいてやれるだろうか、父さんは」という歌詞でこれで1番全部です。作者は笠木透という人、「私の子どもたちへ」というタイトルです。自分の子どもに対して「あなた」と呼ぶのが新鮮ですし、良い歌だと思います。
2つめは、カントリー風の曲で「私を待つ人がいる」という歌詞があって、調べたらタイトルもそのままでした。アメリカの曲に高石さんの作詞。
3つめもカントリーで「待つ人もいないふるさとに帰る」という歌詞、「ふるさとの風」というタイトルで、これもアメリカの曲にご本人の作詞です。
夢破れて故郷へ帰るという歌は、アメリカ民謡の一つのパターンなのでしょう。さみしい歌ではなくて、懐かしくて楽しい歌になっています。
今CDで入手可能なのを調べたら1970年ごろのフォークアルバムだけでした。3つの歌はそれよりあとの時代のものなので、今はなかなか売ってないみたいです。ところで70年ごろの反戦フォークの復刻CDを売ってるっていうことは、それを買って聞いてるおじさまがたくさんいるということですよね。青春の歌だったんでしょうね。
テンプレートを修正してみました。
ページの構成について、従来はこんな感じ。
h1 鳩子の忘れな草紙
h2 [記事タイトル]
h2 コメント
h3 [コメントタイトル]
h2 トラックバック
h3 [トラックバックタイトル]
h2 プロフィール
h2 最新の記事 (以下はエントリー記事のページでは略)
h2 最近のコメント
h2 カテゴリー
h2 過去ログ
h2 最近のトラックバック
h2 リンク
h2 ブログ検索
h2が多すぎるので次のように修正。
h1 鳩子の忘れな草紙
h2 〜 Hatopia 鳩子のブログ 〜
h2 [記事タイトル]
h3 [コメントタイトル]
h3 [トラックバックタイトル]
h2 トランスジェンダーな日々
記事タイトルと、各カテゴリー名をもう少し強調したいところ。
デザインはこれからです。
ページの構成について、従来はこんな感じ。
h1 鳩子の忘れな草紙
h2 [記事タイトル]
h2 コメント
h3 [コメントタイトル]
h2 トラックバック
h3 [トラックバックタイトル]
h2 プロフィール
h2 最新の記事 (以下はエントリー記事のページでは略)
h2 最近のコメント
h2 カテゴリー
h2 過去ログ
h2 最近のトラックバック
h2 リンク
h2 ブログ検索
h2が多すぎるので次のように修正。
h1 鳩子の忘れな草紙
h2 〜 Hatopia 鳩子のブログ 〜
h2 [記事タイトル]
h3 [コメントタイトル]
h3 [トラックバックタイトル]
h2 トランスジェンダーな日々
記事タイトルと、各カテゴリー名をもう少し強調したいところ。
デザインはこれからです。
トランスレーション
2006/02/06
トランスジェンダー・性同一性障害
ときどき翻訳プログラムを使ったりします。翻訳のことを英語でトランスレーション(translation)というそうですが、トランスジェンダーというときのトランスと語源は同じなのでしょう。英会話を勉強している人も多いのでしょう。ある人が言うには、英語を学ぶ日本人は英米の生活や文化もよく勉強して、でも彼らは英米人になりきろうというのだろうか、英語で日本の文化を説明できなくて良いのだろうかと言うのですが、なるほど、あちらの人が日本人から聞きたいのは日本の文化のことなのかもしれません。日本語や日本の文化の理解がなければ異文化に対する理解も浅いものとなってしまうかも。
トランスジェンダーの人の場合も、望みの性の特性を身につけようと、ひたすら努力する毎日なのかもしれませんが、元の性のことも考えておきたいと思うようになりました。望みの性の立場から振り返って見るというふうにもできるかもしれません。でも男ってなに、女ってなに、という話は面白いときもありますが、わからなくなってくるときもあるわけなんですよね
職人さんや仕事をしている男の人の中には、脇から誰かが話しかけると、仕事の手が止まってしまう人がいます。話しかけたほうはちょっと申し訳ないように思ったりもします。集中して仕事をする男性にはそういう人が多いらしいです。
女性たちは、電気釜のスイッチを入れながらお鍋でことこと煮物をして、もう一つのお鍋はおみおつけの出しを取っていてまな板の上では具に入れる野菜をトントン刻んでいる、というくらいは当たり前のことです。
ラジオを聞きながら受験勉強をしたりする若者のことを「ながら族」と言った時代がありました。大人たちは本当に勉強しているのか疑ったらしいのです。今の若者はそれが当たり前になりました。
多数の意見を聞きながらものごとを調整する仕事は、ながら族的な能力が必要なのかも。現代では逆に、情報やら意見やらが多すぎて振り回されてしまう若者が増えてるのかもしれませんけど・・・。
トランスする人が自分の思い描く性別になりきってしまうのは男性的な集中力のたまものなのかも。
女性たちは、電気釜のスイッチを入れながらお鍋でことこと煮物をして、もう一つのお鍋はおみおつけの出しを取っていてまな板の上では具に入れる野菜をトントン刻んでいる、というくらいは当たり前のことです。
ラジオを聞きながら受験勉強をしたりする若者のことを「ながら族」と言った時代がありました。大人たちは本当に勉強しているのか疑ったらしいのです。今の若者はそれが当たり前になりました。
多数の意見を聞きながらものごとを調整する仕事は、ながら族的な能力が必要なのかも。現代では逆に、情報やら意見やらが多すぎて振り回されてしまう若者が増えてるのかもしれませんけど・・・。
トランスする人が自分の思い描く性別になりきってしまうのは男性的な集中力のたまものなのかも。
| HOME |
