Archives: 200510
おんぶ「おんぶの文化」という記事をみました。
http://www.kanshin.com/keyword-118138
スキンシップのこと、子どもの背筋が伸びることなどが書かれていました。
ほかの本によると、小さい子をおんぶするという習慣は、アジア、アフリカ、太平洋、アメリカインディアンなど世界中にあるのですが、ヨーロッパ人にだけなかったそうです。
戦後、欧米人へのコンプレックスのせいか、おんぶは子どもの胸やおなかを圧迫するとか、足が曲がって伸びなくなるとか言われ、おんぶはすたれてしまったのですが、最近自閉症の子が増えてスキンシップが足りなかったのではといわれて少し復活してきたそうです。

おんぶおばけというアニメもありましたが、おんぶおばけは民話に伝わった妖怪の一つでもあり、行き倒れになった人の霊をまつった道祖神の一種だという人もあります。
自立しない迷惑な子どもの意味で「おんぶおばけ」という言葉が使われることもありますが、戦後のおんぶに対する価値観の変化のためなのでしょう。

背筋が伸びないといえば、腰かけたとき背中が丸くなる人が多くなりました。特に男性です。

『中世の愛と従属』(保立道久著) という本の中に、絵巻に描かれた大人どうしのおんぶについての意味を考察した一章があります。
3つの組み合わせがあって、1つは、男が乞食をおんぶしたら、乞食は仏様の化身だったという絵。2つめは、本当に困った人を仏様や修行僧がおんぶしてくれる絵。おんぶによって通じ合う信仰というのがあったのだろうと思いました。

3つめは男が女をおんぶする絵。夫婦関係にある男女だろうといいます。それはやはり両脚を広げて下腹部や胸を男の背中に密着させるわけですから、知らないどうしの男女にはできないことでしょう。
中世では女のお尻の下に棒や守り刀を横に渡して、男はその棒の両端を持って背負ったという話です。著者は自分でやってみたが慣れないと難しいと書いていました。おんぶされる身で考えてみますと、大人で重たいですから、素手のままではお尻がどんどん下がってしまい、両手で相手の首にしがみつくので、しがみつかれれば首が苦しくなるでしょう。お尻を支えるものがあったほうが良いと思います。
守り刀とはいつも夫婦の寝室に置いておいて、女一人のときもいろんなものから守ったものだそうです。けれど寝室が持てたのは自作農以上の人たちだけではありますが。

同性どうしのおんぶもあったのでしょうが、この本には取り上げられていません。戦場で負傷した武士をおんぶする場合、同性愛の関係でなくてもおんぶしたかもしれないし、おんぶがきっかけでそういう関係になることもあったかも?
稚児やそれに近い人は女性の扱いだったと思いますが、稚児は仏の化身でもありますから、おんぶする側になることもあったかも? 想像ですけど。

 ♪夕焼け小焼けの赤とんぼ 負われて見たのはいつの日か
  ……懐かしい好きな歌です

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最近SM希望の男性からメールなどいただくことがあります。
鳩子はそういう方面にはとくに興味はないのですが、どちらかといえばSなのでしょう。メールの人はみなさんSだとおっしゃるので、その点も合わないわけです。
そのようなメールなのですが、文章を読んでいて何かリアリティが感じられないのは、どこかのSMサイトからコピーしたような文章だからなのかも。バーチャルでメールだけの世界を楽しんでいらっしゃるのかもしれません。

私の知識では、男性一般はM指向がとても強い存在です。観念的な傾向も強いのですが、最近のバーチャルというのとも違います。たぶんそれは、ルール好きが昂じて自分をかんじがらめに縛りたいのだと思います。ゲーム好きもルールが好きということなのかも。

トランスの世界では「女装マゾ」という嗜好があって、かなりの数があるそうなのですが、どうもそれは必ずしも男性性が残っているためだけでもないようなのです。
雨庭みどりさんのページを見たら、面白い話が載ってました。ある「女装マゾ志望」の人の書き込みに、ロープで云々とか、ああしてほしい、こうしてほしいという希望が、たくさんの項目にわたってこと細かく述べられていて、S的な傾向もあるのかしらとか、そんな話。SとMは究極には近似的なものだという人の話も聞いたことがあります。
けれど私の「どちらかというとS」というのはそういう傾向とは違いますし、究極は同じだというのもよく理解できません。
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たとえば13年前に1本のフィルムに収めた写真の場所。
あのときとたどった場所と同じところを歩いてみたい。

そしてあのときと同じ場所にカメラの三脚を立てて、
同じ場所に今の私が立つ。

年とともに景色は移ろい、年を重ねた自分がいる。

景色はすっかり変わってしまったのに、
取り残されたように変わってない私がいたとしたら……、
(都会ではよくあることですけど……)

それとも景色は変らないのに、変わってしまった私がいたら……
ちょっとこわいけど、ありそうなことですね。
少なくともふくよかなほっぺで微笑むことにしましょう。

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13年前の写真。
逆光だったので、できあがったプリントを見たら、顔が真っ暗で誰の写真かもよくわからないくらいでした。

5〜6年前にネガからスキャナして保存しておいた画像ファイルがあったので、今のデジカメに付いてた画像ソフトで「露出」の調整をしてみたのです。
そしたら、ご覧のように顔が明るく見えるようになりました。
あのときの私ってこういう表情をしてたんだなって、今になって初めてわかったのです。
とても不思議な気分。

何年かして、もっといいソフトができたら、もっとクリアなあのときの私に再会できることもあるのでしょうか……

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hatoko日本の酒造りに携わってきたのは、沖縄県をのぞいては、男子が中心だったようです。戦前までは酒造りはたいていは女人禁制だったそうです。その男子たちを統率する責任者は、杜氏(とうじ)と呼ばれていました。
「杜氏」とは、家の女主人という意味の「刀自(とじ)」という言葉からきたとする説が有力です。古い時代には酒造りは女性の仕事だったために今でもそう呼ぶのだとか。沖縄ではずっと女性が携わってきたのは、古代のものがそのまま伝わったからだろうとか、そんな話。

しかしどうなんでしょう?
女性だけの仕事だったものが、ある時代にそっくり男性だけの仕事に変ってしまうことが本当にありうるのでしょうか?
沖縄で女性がお酒を作ってきたのは、やはりお酒が神事と関係するものだからで、沖縄ではノロと呼ばれる女性たちが神事の中心をなしていたことと無関係ではないのでしょう。ところが、このノロという神女の組織は、14〜15世紀ごろに成立した琉球王朝によって上から組織化されたものだという指摘が最近なされているようなのです。沖縄の神女の組織が古代のままのものではないということになれば、酒造りについても同様なことになります。(男子のノロもごく少数ですが戦後も確認されています)

杜氏の祖神をまつった神社が、奈良県桜井市の大神神社(おおみわじんじゃ)の境内にあり、活日神社(いくひじんじゃ)といいます。活日とは人の名前で、『日本書紀』によると、十代崇神天皇の時代に大神神社の神に捧げる酒を造った人です。この活日という人の性別はわかりません。ネット検索をしたら女性のように書いている人がいましたが、根拠を明らかにしていませんから先入観によるものと思われます。

男子による酒造りの話に戻りますが、男子だけの集団の中に一人だけトウジという女性を意味する呼び方で呼ばれる人がいるというはっきりした事実があります。男子だけの集団には、古代からそういうことは多いと思います。
女子だけだったのが男子だけに移行する過渡期に一人の女子が残ったためとかいうのはありえないことでしょう。限られた空間での共同生活で、しかもその一人は神事の中心になって聖なるものが要求されるわけですから、そういう男女構成の集団はありえません。古代のギリシャ周辺地方のように男子を去勢してしまえば話は別ですが。

古事記のサイトを検索してみたら、女性でお酒を醸造したのは神功皇后。それからアシナヅチ、テナヅチという夫婦が作っています。他のいくつかの例では性別はわかりません。神功皇后は女性ですが、男装する人でもあるのです。
そしてまた「男子だけの集団の中に一人だけ女性を意味する呼び方で呼ばれる人がいる」というところに話を戻したいのですが、つまりこの一人とは、「論理的には」女装といえるはずなのです。証拠はまだ見つかりませんけど。

※ 古代では生まれが男でも女でもお酒を造り、服装は神事風だったと想像できます。
古代のお酒は一夜酒など短期間で作ったらしいのですが、一ヶ月以上かけて作るものが好まれるような時代になってから、女性は生理のために関われなくなったのかも。

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先月下旬からホームページの古い日記を「Hatopia鳩子ロマンス」というタイトルでブログ風に整理していました。
読んでて話が飛びすぎてわかりにくいところとか、書き直したところもあります。そんなことをしたからといって、以前に読んでくれた人でもう一度読んでくれる人はほとんどいないでしょうけど……。
ない知恵をしぼって眠いのをがまんして書いて、書き終ったとたん眠気が襲ってくるので、あまり見直さないでアップしてしまいます。申し訳ありません。

古い日記のパソコン関係の記事は自分で読んでも何を書いたのかよくわからないものがあって、かなり削除。そのかわりに、よその掲示板への投稿から原稿の残っていたもので穴埋めしたりです。
その投稿原稿というのが、思ったより使えるものが少なかったのです。けっこう一生懸命書いたと思ってたのですけど……。添付写真の撮影場所を書いたのもあって、そういうのをずらっと並べたら、これは一種のプライバシーの公開になってしまうなという感じで、ヒヤッとしました。この投稿は数ヶ月で消えるだろうという前提で書いていたわけです。

人のブログを見ていると、ここまで書いていいのかなと心配になることがあります。その人の立場によっては書いてもかまわないのでしょう。でも、そうでない人がそういうのを見ているうちに、なんとなくブログとはそういうふうに書くものなんだろうと無意識に真似してしまうと、あとでヒヤッとすることになるかも。