宝くじを買ったこともないあたくしですが、投資ということもさっぱりわかりません。
さて第1次産業というのは自然から食物などを作ったり採集して売って暮らしを立てることです。第2次産業は、人工の物を作ったり加工して売って暮らしを立てることです。生産された食べ物や道具は生活に不可欠のものですから、買う人は対価を支払って満足するわけです。
第3次産業は、物を流通させる商業などがありますが、流通サービスにういても買う人が喜んでくれれば、売る人も生きがいを感じることができるわけですね。そのほかサービス業といわれるものは、目に見えないものであっても対価を支払う人が満足してくれるというのが基本です。
買う人は、買った物を消費して得られる利益に対する対価を支払うというだけでなく、心の満足に対する対価もプラスして支払うわけです。
ところが、投資などで収入を得る仕事は、3つのうちにどれに属するのでしょう。1や2のように物を作るわけではないので、第3次産業なんでしょうね。でも喜んでくれるのは誰でしょうか。金融会社は違いますね。企業ですから個人消費ではないですし、金銭収入になったという喜びでしかありません。
あるいは株などを通じて企業にお金を貸したことは一種のサービスなのであって、そのサービスの対価として配当を受け取るのだとすれば、なんとかサービス業の一つに入るのでしょう。でもややこしいですね。そのサービスを受ける側はやっぱり経済的利益があるんです。
「働かざるもの食うべからず」と言ったのはロシア革命のころのレーニンだと聞いていますが、これは要するに不労所得をいましめた言葉のようですね。地主階級などの働いてない人は食う資格がない、彼らにお金を支払って食わせてあげる必要はないという考えです。
とはいえ、日本人は、昔から、あまり働かないでそこそこの収入があれば、あとは趣味人としてのんきに暮らしたいと考えている人が多いらしいです。でもだんだん将来への不安感がつのる世の中になると、「そこそこの収入」の範囲がわからなくなってしまうんでしょうね。
むかし江戸の町では、どんな仕事でも食べていけたようなところがあったらしくて、たとえば道を歩いて声がかかると、耳掃除をしてあげて、爪を切って磨いて色まで塗ってくれるような商売の人とか、飼い猫の蚤を取って歩いているような仕事の人がいたり、けっこうオタクっぽい職業の人がたくさんいたみたいなんですね。
さて第1次産業というのは自然から食物などを作ったり採集して売って暮らしを立てることです。第2次産業は、人工の物を作ったり加工して売って暮らしを立てることです。生産された食べ物や道具は生活に不可欠のものですから、買う人は対価を支払って満足するわけです。
第3次産業は、物を流通させる商業などがありますが、流通サービスにういても買う人が喜んでくれれば、売る人も生きがいを感じることができるわけですね。そのほかサービス業といわれるものは、目に見えないものであっても対価を支払う人が満足してくれるというのが基本です。
買う人は、買った物を消費して得られる利益に対する対価を支払うというだけでなく、心の満足に対する対価もプラスして支払うわけです。
ところが、投資などで収入を得る仕事は、3つのうちにどれに属するのでしょう。1や2のように物を作るわけではないので、第3次産業なんでしょうね。でも喜んでくれるのは誰でしょうか。金融会社は違いますね。企業ですから個人消費ではないですし、金銭収入になったという喜びでしかありません。
あるいは株などを通じて企業にお金を貸したことは一種のサービスなのであって、そのサービスの対価として配当を受け取るのだとすれば、なんとかサービス業の一つに入るのでしょう。でもややこしいですね。そのサービスを受ける側はやっぱり経済的利益があるんです。
「働かざるもの食うべからず」と言ったのはロシア革命のころのレーニンだと聞いていますが、これは要するに不労所得をいましめた言葉のようですね。地主階級などの働いてない人は食う資格がない、彼らにお金を支払って食わせてあげる必要はないという考えです。
とはいえ、日本人は、昔から、あまり働かないでそこそこの収入があれば、あとは趣味人としてのんきに暮らしたいと考えている人が多いらしいです。でもだんだん将来への不安感がつのる世の中になると、「そこそこの収入」の範囲がわからなくなってしまうんでしょうね。
むかし江戸の町では、どんな仕事でも食べていけたようなところがあったらしくて、たとえば道を歩いて声がかかると、耳掃除をしてあげて、爪を切って磨いて色まで塗ってくれるような商売の人とか、飼い猫の蚤を取って歩いているような仕事の人がいたり、けっこうオタクっぽい職業の人がたくさんいたみたいなんですね。
日本よりも韓国のほうが、美容整形が広く受け入れられているそうです。
その理由についてなのですが、韓国では、外見が美しい人は中身も良いのだという素朴な考えがあるからだという人もあります。なるほど。そういえば、大韓航空機爆破事件で逮捕された金賢姫という女性について、当時のニュースで「あれほど美しい人が悪いことをするはずがない、誰かに騙されたのにちがいない」という庶民の声というのが報道されたこともありました。それはともかく、美しい人がそばにいてくれることは誰でも歓迎しますが、恐ろしい形相の人には近づいてほしくないという感覚は誰にもあると思います。
そういった素朴な感覚は、昔の日本にもあったのです。世界中のどんな国でもあったかもしれません。
容姿が醜いからといって心も醜いとは限らない、それは確かに正論なのですが、その方向を徹底しすぎてしまったのが明治以後の近代日本なのかもしれませんね。
日本の近代文学を迷走させた自然主義の考え方も、そういう潮流の中にあったといえます。何も加工してはいけない、ありのままを描き、自然のままが美しいのだいうわけです。上野の西郷さんの銅像も、ラフな浴衣姿でいかにも自然児らしいといえばそうなのですが、実は「ありのままの西郷さん」とは正反対のイメージらしいですね。自然とはこういうものだという固定観念にしばられているようなのです。
「ボロは着てても心は錦」という言葉もありました。そうやって日本人は一生懸命働いたわけです。そうやって経済発展を遂げました。
「飾らない人柄」というほめ言葉があります。
昔の日本人は、みんなとても無口な生活をしていましたから、言葉がたくさん必要なときというのは、知らない人が見えたりするときの儀式のような場なのでした。だから形式的でよそよそしい堅苦しい言葉になります。初対面の人に接してぎこちなくなってしまうのは、今のおおかたの日本人も同じです。でも誰にでも気さくなのが「飾らない人柄」なのでしょう。
初対面の人が苦手だという人は、自分を良く見せたいというよりも、相手に不快を与えないように神経を使うからです。美容整形も同じなのかもしれませんね。
話があちこちに飛んでますが、日本人の美容整形への道を押し止めてしまうもう一つの要因もあると思います。それは日本人の歴史的に受け継がれた呪術性のようなものがあって、肉体の加工をする人というのは、神仏に近いような特別な存在の人というわけで、一般人がそれを行うのはタブーだったのですね。一例をあげると刺青(いれずみ)があります。やくざ屋さんも一般人とは違う人ということで、歴史的にはそういう系譜につながるらしいです。けれど昔は祭礼のときしか派手に着飾れなかったのが、今は毎日がお祭りみたいなものですから、着飾ることのタブーはほとんどなくなったわけです(着物や浴衣の左前とか細かいタブーはたくさんあります、左前も仏様と同じになってしまうからタブーなわけですね)。
その理由についてなのですが、韓国では、外見が美しい人は中身も良いのだという素朴な考えがあるからだという人もあります。なるほど。そういえば、大韓航空機爆破事件で逮捕された金賢姫という女性について、当時のニュースで「あれほど美しい人が悪いことをするはずがない、誰かに騙されたのにちがいない」という庶民の声というのが報道されたこともありました。それはともかく、美しい人がそばにいてくれることは誰でも歓迎しますが、恐ろしい形相の人には近づいてほしくないという感覚は誰にもあると思います。
そういった素朴な感覚は、昔の日本にもあったのです。世界中のどんな国でもあったかもしれません。
容姿が醜いからといって心も醜いとは限らない、それは確かに正論なのですが、その方向を徹底しすぎてしまったのが明治以後の近代日本なのかもしれませんね。
日本の近代文学を迷走させた自然主義の考え方も、そういう潮流の中にあったといえます。何も加工してはいけない、ありのままを描き、自然のままが美しいのだいうわけです。上野の西郷さんの銅像も、ラフな浴衣姿でいかにも自然児らしいといえばそうなのですが、実は「ありのままの西郷さん」とは正反対のイメージらしいですね。自然とはこういうものだという固定観念にしばられているようなのです。
「ボロは着てても心は錦」という言葉もありました。そうやって日本人は一生懸命働いたわけです。そうやって経済発展を遂げました。
「飾らない人柄」というほめ言葉があります。
昔の日本人は、みんなとても無口な生活をしていましたから、言葉がたくさん必要なときというのは、知らない人が見えたりするときの儀式のような場なのでした。だから形式的でよそよそしい堅苦しい言葉になります。初対面の人に接してぎこちなくなってしまうのは、今のおおかたの日本人も同じです。でも誰にでも気さくなのが「飾らない人柄」なのでしょう。
初対面の人が苦手だという人は、自分を良く見せたいというよりも、相手に不快を与えないように神経を使うからです。美容整形も同じなのかもしれませんね。
話があちこちに飛んでますが、日本人の美容整形への道を押し止めてしまうもう一つの要因もあると思います。それは日本人の歴史的に受け継がれた呪術性のようなものがあって、肉体の加工をする人というのは、神仏に近いような特別な存在の人というわけで、一般人がそれを行うのはタブーだったのですね。一例をあげると刺青(いれずみ)があります。やくざ屋さんも一般人とは違う人ということで、歴史的にはそういう系譜につながるらしいです。けれど昔は祭礼のときしか派手に着飾れなかったのが、今は毎日がお祭りみたいなものですから、着飾ることのタブーはほとんどなくなったわけです(着物や浴衣の左前とか細かいタブーはたくさんあります、左前も仏様と同じになってしまうからタブーなわけですね)。
日本を蝕む投資家社会のこと
2008/07/06
その他・生活と文化
「消費者の信頼を裏切る結果になったことをお詫びします」という感じの言葉は、このごろよく耳にします。食品偽装が明るみになったときの言葉ですよね。でもなんとなく違和感を感じていました。だってそんなに信頼も期待もしてないですから。
そんなに信頼されてると考えてることこそ企業の傲慢さの現われなのかもと思っていたのですが、最近ちょっと見方が変りました。それはつまり
日本人全体が何をするにも投資家的な態度しかとらなくなっているので、そういう今の日本人を意識した発言だといったほうがいいみたいですね。「投資家の信頼を裏切った」ことを恐れているのですね。
日本人全体が投資家になったなんて、ちょっと話が難しくなりそうですけど……。
でも思い当るふしはたくさんあるでしょう。
この前の総選挙では低収入のフリーターたちが小泉自民党にあれだけ投票したのは、何らかの投資的行為だったのですね。ホリエモンも人気がありました。
学校で先生たちへ言いたい放題のクレーマーの親たちについては、消費社会でお客様は神様というか、1円でもお金を払う消費者が無条件にエライというような風潮のせいではないかという人もいたのですが、でもああいうクレーマーは消費者のレベルを通り越していますよね。株主や総会屋の態度だといったほうがぴったりくるでしょう。
勝ち組とか負け組とかいうのも、現時点での持ち株の値段のことをいってるみたいです。
「夢」という甘い言葉を使いながら、その実際は投資の勧誘みたいだったりしますよね。
トランスジェンダーの問題でいえば、少し古い世代の人たちが、悩みに悩み、考えに考えぬいたあげくに、とうとう越えることのできなかった薬物やら外科手術という一線を、若い人たちはいとも簡単に踏み越えます。これもそういった社会的背景のおかげなんでしょうけど、一般の投資家たちは、失敗したときの話はぜんぜんしなくて、うまくいったときのことだけを話すのが常ですので、GID的な方向へ行ってる人は、よくよく気をつけたほうが良いと思いますけどね。
「消費社会」を通り越して「投資家社会」になってることが、日本を蝕んでる最大の原因なのかもしれないので、あとでもう少し続きを書いてみたいですね。
そんなに信頼されてると考えてることこそ企業の傲慢さの現われなのかもと思っていたのですが、最近ちょっと見方が変りました。それはつまり
日本人全体が何をするにも投資家的な態度しかとらなくなっているので、そういう今の日本人を意識した発言だといったほうがいいみたいですね。「投資家の信頼を裏切った」ことを恐れているのですね。
日本人全体が投資家になったなんて、ちょっと話が難しくなりそうですけど……。
でも思い当るふしはたくさんあるでしょう。
この前の総選挙では低収入のフリーターたちが小泉自民党にあれだけ投票したのは、何らかの投資的行為だったのですね。ホリエモンも人気がありました。
学校で先生たちへ言いたい放題のクレーマーの親たちについては、消費社会でお客様は神様というか、1円でもお金を払う消費者が無条件にエライというような風潮のせいではないかという人もいたのですが、でもああいうクレーマーは消費者のレベルを通り越していますよね。株主や総会屋の態度だといったほうがぴったりくるでしょう。
勝ち組とか負け組とかいうのも、現時点での持ち株の値段のことをいってるみたいです。
「夢」という甘い言葉を使いながら、その実際は投資の勧誘みたいだったりしますよね。
トランスジェンダーの問題でいえば、少し古い世代の人たちが、悩みに悩み、考えに考えぬいたあげくに、とうとう越えることのできなかった薬物やら外科手術という一線を、若い人たちはいとも簡単に踏み越えます。これもそういった社会的背景のおかげなんでしょうけど、一般の投資家たちは、失敗したときの話はぜんぜんしなくて、うまくいったときのことだけを話すのが常ですので、GID的な方向へ行ってる人は、よくよく気をつけたほうが良いと思いますけどね。
「消費社会」を通り越して「投資家社会」になってることが、日本を蝕んでる最大の原因なのかもしれないので、あとでもう少し続きを書いてみたいですね。
オードリー・ヘプバーンの古い映画で、タイピストの女性が流行作家の秘書になって、タイプライターをカチャカチャ……。そしてストーリーはラブ・コメディーといった展開なのですが、美人タイピストのあのかっこよさというか、そしてあの黒いどっしりとしたタイプライターの重み。でも当時は小型だったわけで、アルファベット26文字しかない国の文化だから、ああいう機械も発明されるんでしょうね。日本では考えられない機械でした。
1980年代のはじめに、日本語の小型のワープロ専用機が発売になったとき、これはたとえ食費をけずってでも買わなきゃいけないと思いました。
そして買いました。これで私も美人秘書になれるかも?
美人かどうかはわかりませんが、夢だけはふくらんでいったのです。
そして性能の低いワープロ機械に飽きて、パソコンへ。
パソコンにも小型化の波が押し寄せてきました。
> PC9801N
東芝のダイナブックに遅れること2〜3か月、日本電気の待望久しい98ノートでした。写真に写ってるのがそうですが、1989年ですね。
今ではノートPCもその半分以下の重さになって、高性能で、インターネットにもつなげられるわけです。コミュニケーショングッズの代表格にもなってるわけですが、さて、
タイピストの夢は、スマートに文字を連ねていって見えないものが形になっていくことにあったわけなんです。得体の知れない巨大なシステムの端末になることではなかったはずなんですね。
ものを表現したり作ったりすることが軽く見られ、「コミュニケーション」の取引のなかに何でも放り投げてしまう状況というのは、ちょっと待ってよという感じです。
捨て子・継子伝説の彼方
2008/04/14
その他・生活と文化
子どものころ、おまえは橋の下に捨てられていたのを拾われてきたんだと、そんなことを言われたことのある人は多いことでしょう。そういえば私も…? 自分はほんとうに捨て子なのかしらとか、どこからか貰われて来た子どもなのかもしれないとか、疑ったり悩んだりした経験をもつ子は、少なくなかったのかもしれません。なかには、思春期のころになって、今の親が実の親ではないと信じこんでしまったり、神経症のようになってしまう子もいたような話。でも時代とともにそういうことは少なくなってきたというアンケート調査のようなものもあるようです。
捨て子だとしたら、いったい誰の子なのだろうとか、そこまで深刻には考えないのが普通のようですが、そうでない子もいて、戦後では、有名な芸能人の子であるとか、戦前だったら、高貴な血筋の落とし胤ではないかとか……。プリンセスの血筋だったら、待っていればいつか必ず王子さまが現れるにちがいないとか、そんな話ともつながっていくのかもしれません。
なぜ皆が皆、そういった同じような夢……(時には悪い)夢をみたのか、学者の分析もまちまちのようです。
現代になって、そういうのがだんだん少なくなった理由については、やはり科学というか、親子関係の証明は最終的にはDNA鑑定だというような考え方と関係あるのでしょう。
最近は、親子関係を疑うきっかけが、血液型の知識の誤解であったり、疑うにしてもそうでないにしても、科学が基準になってしまっているわけです。
そうやって時代とともに古い形の捨て子・継子伝説のようなものは、消えて行きそうなのですがが、それに替わって登場してきた「夢」もあるような気がします。誰もが同じ夢というのではないのですが、ある程度の数の人が同じ夢を見ます。神経症のようにも高じてしまうという点は共通しています。けれど昔と違う点は、「科学」を味方に付けているということです。ま、そこまで大げさでなくても、「病気」と認定されて心が安らぐかのような心理は、確かに増えているのでしょう。
科学ではなく「物語」を味方につけようとしていたのが、今風の性同一性障害ではなく、古い「牧歌的トランスジェンダー」のことなのかもしれませんね。
「千里の恋」なんてどこかで聞いた言葉ではあるのですが、さて、今までいちばん遠くから会いに来てくれた人といえば……、120〜130キロくらいでしょうか、千里にはほど遠いですね(でもその人には感謝してます)。
よくメールのやりとりをしてるうちに、東京都内で会うのがアタリマエに思い込まれている人も一部にいらっしゃるようなのですけど、あたしとしてはそのようなことはほとんど思うことばないので、そのつもりで返信しますから、だから話がかみあわないように見えてくるんでしょうね。
ま、それはともかく、新幹線や高速道路ができても、けっきょくほとんど地方から大都市へ人口が流出するだけだというお話もありますし、せめてインターネットに関しては、そういうふうにはなってほしくないものですよね。
とはいえ、せめて五十里、200キロくらいがんばって来てくれる人がいたら、どんなにかうれしく思うことでしょう、なんて
よくメールのやりとりをしてるうちに、東京都内で会うのがアタリマエに思い込まれている人も一部にいらっしゃるようなのですけど、あたしとしてはそのようなことはほとんど思うことばないので、そのつもりで返信しますから、だから話がかみあわないように見えてくるんでしょうね。
ま、それはともかく、新幹線や高速道路ができても、けっきょくほとんど地方から大都市へ人口が流出するだけだというお話もありますし、せめてインターネットに関しては、そういうふうにはなってほしくないものですよね。
とはいえ、せめて五十里、200キロくらいがんばって来てくれる人がいたら、どんなにかうれしく思うことでしょう、なんて
姓名判断をやってみました
2007/12/06
その他・生活と文化
姓名判断をやってみました。こちらです。
http://www.koufuku.ne.jp/seimei/
「五(4)日(4)市(5) 鳩(13)子(3)」となります。
天格(13) ○ 吉 家系的運勢を表します。 (五日+市)
人格(18) ○ 吉 性格や人柄を表します。 (市+鳩)
地格(16) ◎ 大吉 個人の運勢を表します。(鳩+子)
総格(29) ○ 吉 総合的運勢を表します。 (五日+市+鳩+子)
外格(11) ○ 吉 その人の印象を表します。(五日+子)
苗字が3文字なので、五と日の計8画を1つの単位にして、その8画と子の3画の11画が「外格」というふうになるようです。
五日市鳩子は、意外にも良い名前だということみたいです。
詳しくみてみましょう……
> 総合的な運勢
> 頭が良く、才知に秀でています。自分の才能をひけらかすことなく、ていねいに人に対応し、情も深いので、人望を得て幸せな人生を歩むことでしょう。
……ふむふむ ^^)
> 家系的な運勢
> 女系家族で、祖母、母、嫁が実権を握って栄えます。
……まあ ^^;
> 仕事の運勢
> 波乱の運勢を暗示しています。小数グループの人と力を合わせて、互いの才能を認めながら進んでいけば、運気が向上することでしょう。
……そうだといいですね
> 愛情面の運勢
> 整理整頓が得意で、やりくり上手なので、金運が強いです。また、計算高いところがあり、兄弟や親戚との間で金銭のトラブルがおこる場合があるので、気をつけてください。
……これは違ってますけどね。正反対です。金運もトラブルもありません。整理整頓は大の苦手ですが、過去のことや世の中の歴史を整理してみようという意志は強いかもしれません。
内容は「愛情面」でなく「金運」のことだと思いますけど……
> 社交運
> 人柄の良さから、特に目上の人から引き立てを受けて、一歩ずつ着実に実績と基盤を確立していくことでしょう。また、恵まれた人間関係の中で一生をおくります。
……ありがとうごさいます ^^;
> 性格
> 温かい心の持ち主で、人徳を備えています。たいへんりちぎな性格で、人の恩を忘れません。一方で、スジが通っていて、曲がったことやいい加減な態度を嫌います。白か黒かをはっきりさせたいタイプです。
……そうなのかな?
> ラッキーポイント
> 画数 80.6点 画数のラッキー度は大変高いです。生まれながらの幸運度が高くなります。
> バランス 57.75点 名前のバランスが良く災難を克服しやすい運勢です。また、幸運に恵まれやすいでしょう。
……五日市鳩子という名前は、姓名判断で決めたわけではないのですが、良い結果になってるので、やっぱりうれしいですね。
http://www.koufuku.ne.jp/seimei/
「五(4)日(4)市(5) 鳩(13)子(3)」となります。
天格(13) ○ 吉 家系的運勢を表します。 (五日+市)
人格(18) ○ 吉 性格や人柄を表します。 (市+鳩)
地格(16) ◎ 大吉 個人の運勢を表します。(鳩+子)
総格(29) ○ 吉 総合的運勢を表します。 (五日+市+鳩+子)
外格(11) ○ 吉 その人の印象を表します。(五日+子)
苗字が3文字なので、五と日の計8画を1つの単位にして、その8画と子の3画の11画が「外格」というふうになるようです。
五日市鳩子は、意外にも良い名前だということみたいです。
詳しくみてみましょう……
> 総合的な運勢
> 頭が良く、才知に秀でています。自分の才能をひけらかすことなく、ていねいに人に対応し、情も深いので、人望を得て幸せな人生を歩むことでしょう。
……ふむふむ ^^)
> 家系的な運勢
> 女系家族で、祖母、母、嫁が実権を握って栄えます。
……まあ ^^;
> 仕事の運勢
> 波乱の運勢を暗示しています。小数グループの人と力を合わせて、互いの才能を認めながら進んでいけば、運気が向上することでしょう。
……そうだといいですね
> 愛情面の運勢
> 整理整頓が得意で、やりくり上手なので、金運が強いです。また、計算高いところがあり、兄弟や親戚との間で金銭のトラブルがおこる場合があるので、気をつけてください。
……これは違ってますけどね。正反対です。金運もトラブルもありません。整理整頓は大の苦手ですが、過去のことや世の中の歴史を整理してみようという意志は強いかもしれません。
内容は「愛情面」でなく「金運」のことだと思いますけど……
> 社交運
> 人柄の良さから、特に目上の人から引き立てを受けて、一歩ずつ着実に実績と基盤を確立していくことでしょう。また、恵まれた人間関係の中で一生をおくります。
……ありがとうごさいます ^^;
> 性格
> 温かい心の持ち主で、人徳を備えています。たいへんりちぎな性格で、人の恩を忘れません。一方で、スジが通っていて、曲がったことやいい加減な態度を嫌います。白か黒かをはっきりさせたいタイプです。
……そうなのかな?
> ラッキーポイント
> 画数 80.6点 画数のラッキー度は大変高いです。生まれながらの幸運度が高くなります。
> バランス 57.75点 名前のバランスが良く災難を克服しやすい運勢です。また、幸運に恵まれやすいでしょう。
……五日市鳩子という名前は、姓名判断で決めたわけではないのですが、良い結果になってるので、やっぱりうれしいですね。
『北海道昔話道東編』というおみやげ屋さんで売ってるらしい本の、
「ペナンペ、パナンペに女にされる」という話。
二人の男の子の話です。
「パナンペが、「さあ俺達は夫婦になるのだ。二つの寝床を取ってくれ。寝るのだから。」と言うと、ペナンペはぱっと飛び起き、大笑いしながら気尻座の方へ逃げました。だが、まだ戸の外へ達しないうちに、パナンペのために美しい少女にされ、本当に女の心を持って気尻座に尻餅をつきました。その後ペナンペは本当の女になってパナンペの妻になり、夫婦仲良く暮らしたそうです。 」
以前あるHPからコピーしておいたものの要約ですが、そのHPは今はありません。
ペナンペという名前は古いアイヌの伝説にも出てくる名前らしいのですが、この話はそんなに古くない時代の創作のような印象です。
「ペナンペ、パナンペに女にされる」という話。
二人の男の子の話です。
「パナンペが、「さあ俺達は夫婦になるのだ。二つの寝床を取ってくれ。寝るのだから。」と言うと、ペナンペはぱっと飛び起き、大笑いしながら気尻座の方へ逃げました。だが、まだ戸の外へ達しないうちに、パナンペのために美しい少女にされ、本当に女の心を持って気尻座に尻餅をつきました。その後ペナンペは本当の女になってパナンペの妻になり、夫婦仲良く暮らしたそうです。 」
以前あるHPからコピーしておいたものの要約ですが、そのHPは今はありません。
ペナンペという名前は古いアイヌの伝説にも出てくる名前らしいのですが、この話はそんなに古くない時代の創作のような印象です。
インスタントラーメンといえば、昔なつかしいコマーシャルソング。♪雨が降ってる日曜日 坊やどろんこなぜ泣くの
あそこの角でころんだの どうしてそんなに急いだの……
という歌がありました。
雨の道でころんで、どろんこになってしまった坊やは、あのあと、どうなったでしょう。
泣きべそをかいていたら、「どうしてそんなに急いだの?」とやさしく声をかけられると、こういうとき、子どもは急にわっと大声をあげて泣き出すものです。
それは自分の痛みや悲しさのことを、声をかけてくれた人が解ってくれて、気持ちが通じあえたと感じるからなのでしょうね。
こういうのは、おとなになってからもよくあることです。一人でじっと悲しみに耐えていたのに、声をかけられたために、涙が果てしなく止まらなくなるような、そんな涙。
気持ちが通じあえた涙なら、何度でも流してみたいかも
相撲についてひとこと ^^ゞ
夏巡業の様子をテレビで見たのですが、今のお相撲さんはお客さんに対するサービスが良いのですね。土俵外でも、老人施設でマイクを片手に長々と愛敬をふりまいたり、以前はマイクを向けられてもウンとかスンとかしか答えられない力士ばかりでした。観客の減少のための相撲協会の方針なのでしょうか。
古い有名な川柳に「一年を十日で暮らす良い男」というのがありましたが、昔は1年1場所でしかもたったの10日間。一年に10日だけ相撲をとればあとはぜいたくに暮らせる力士がうらやましいという川柳ですが、今はとても忙しくなってしまったみたいです。巡業が多くなってしまって力士のケガが増えたとか、興行組織との関係とかよく問題にされた時期もありました。最近あまりそういうことが問題にされないのは、やっぱり観客の大幅減に対する同情が世間にあるためなのでしょうか。どこの企業も大変だというわけですから。でもバブル期の若貴時代の収入を維持するのはもう無理なんじゃないでしょうか。
北の湖理事長は、男性にしては珍しく薬指が短かめなのです(画像の左から2番目)。ある意味で女性的というか、ワンマンではなく調整型のリーダーなのでしょう。朝青龍問題では強硬派の理事が多いらしいので、一生懸命、調整をしているのだと思います。
今回の件を契機に、日本人の力士も、ときどき帰郷をするようにしたほうが良いと思いますね。
まだ幕下だけど郷里に帰ればヒーローだという感覚、そして郷土の期待を背負って次の場所をがんばるわけです。四股名も、出身地の山や川の名前を付けるという古き良き慣習を復活させたいです。昔の力士の名前で好きなのは黒姫山。美男ではなかったですが、かなり色白でした。
こういうのは地方の活力をふるいおこすためにも今の時代にぴったりだと思うのですが。
夏巡業の様子をテレビで見たのですが、今のお相撲さんはお客さんに対するサービスが良いのですね。土俵外でも、老人施設でマイクを片手に長々と愛敬をふりまいたり、以前はマイクを向けられてもウンとかスンとかしか答えられない力士ばかりでした。観客の減少のための相撲協会の方針なのでしょうか。
古い有名な川柳に「一年を十日で暮らす良い男」というのがありましたが、昔は1年1場所でしかもたったの10日間。一年に10日だけ相撲をとればあとはぜいたくに暮らせる力士がうらやましいという川柳ですが、今はとても忙しくなってしまったみたいです。巡業が多くなってしまって力士のケガが増えたとか、興行組織との関係とかよく問題にされた時期もありました。最近あまりそういうことが問題にされないのは、やっぱり観客の大幅減に対する同情が世間にあるためなのでしょうか。どこの企業も大変だというわけですから。でもバブル期の若貴時代の収入を維持するのはもう無理なんじゃないでしょうか。
北の湖理事長は、男性にしては珍しく薬指が短かめなのです(画像の左から2番目)。ある意味で女性的というか、ワンマンではなく調整型のリーダーなのでしょう。朝青龍問題では強硬派の理事が多いらしいので、一生懸命、調整をしているのだと思います。
今回の件を契機に、日本人の力士も、ときどき帰郷をするようにしたほうが良いと思いますね。
まだ幕下だけど郷里に帰ればヒーローだという感覚、そして郷土の期待を背負って次の場所をがんばるわけです。四股名も、出身地の山や川の名前を付けるという古き良き慣習を復活させたいです。昔の力士の名前で好きなのは黒姫山。美男ではなかったですが、かなり色白でした。
こういうのは地方の活力をふるいおこすためにも今の時代にぴったりだと思うのですが。



