ジェンダー
2008/09/04
トランスジェンダー史
ジェンダーとは、生物学的な性とは微妙にシフトしていることもある文化的ないし社会的な性のありかたのこと、というのが普通の解釈だと思いますが、
人間の生活で意識されるのは、ほとんどがジェンダーのほうなんでしょうね。(出産などについてもそう言えると思いますが難しくなるので割愛。)
ジェンダーのことをときどき漢字6個で社会的性役割なんて書かれると、窮屈に感じてしまうこともあると思います。社会的とか役割とか、ある種の「社会参加」をしなければいけないような……? でも人間はどう拒否しようとも社会的な存在なのです。
社会という言葉は英語のsocietyの翻訳語として100年ちょっと前にできたものらしいです。societyには、社会という意味だけでなく、団体とかグループとか、身近なところでは世間とか交友関係とか、そういう広い意味が辞書にも載っています。
交友関係での性役割ということなら、パートタイムの夫婦関係のようなものをお持ちのトランスジェンダーさんもいらっしゃるそうですが、それでもじゅうぶんな役割をおつとめだということなんでしょうね。交友関係が広い人もいれば、狭い人もいます。それが世間というものです。
単なる私企業に雇用されることが「社会参加」でもないことはすぐ理解できると思います。雇い主との関係はどこまでいっても私的な関係でしかないですよね。生産とか職場ということになると別の話になりますけど。
ま、無理せずにやっていくのが良いと思います^^;
人間の生活で意識されるのは、ほとんどがジェンダーのほうなんでしょうね。(出産などについてもそう言えると思いますが難しくなるので割愛。)
ジェンダーのことをときどき漢字6個で社会的性役割なんて書かれると、窮屈に感じてしまうこともあると思います。社会的とか役割とか、ある種の「社会参加」をしなければいけないような……? でも人間はどう拒否しようとも社会的な存在なのです。
社会という言葉は英語のsocietyの翻訳語として100年ちょっと前にできたものらしいです。societyには、社会という意味だけでなく、団体とかグループとか、身近なところでは世間とか交友関係とか、そういう広い意味が辞書にも載っています。
交友関係での性役割ということなら、パートタイムの夫婦関係のようなものをお持ちのトランスジェンダーさんもいらっしゃるそうですが、それでもじゅうぶんな役割をおつとめだということなんでしょうね。交友関係が広い人もいれば、狭い人もいます。それが世間というものです。
単なる私企業に雇用されることが「社会参加」でもないことはすぐ理解できると思います。雇い主との関係はどこまでいっても私的な関係でしかないですよね。生産とか職場ということになると別の話になりますけど。
ま、無理せずにやっていくのが良いと思います^^;
トランスジェンダー
2008/07/12
トランスジェンダー史

私がトランスジェンダーという言葉を初めて意識したのは、1995年の末ごろでした。
あるお姐さんの手紙に、自分はトランスジェンダーであると書かれてありました。その人は医学の専門家でもあり、Qで始まる名前の雑誌に用語解説も書かれたとのことでした。彼女のトランスは、主として自宅内で、たまに旅先などで、今風に言えばパートタイムのトランスジェンダーということになるのでしょう。
彼女の手紙には、私のことを女性ホルモンを服用しているのだろうと決めて書かれてある部分があったので、そうではないことを返事に書きました。彼女もそれは同じでしょう。けれど私はあまり勉強をしてなかったので、自分もトランスジェンダーかもしれないとは、書きませんでした。
トランスジェンダーとは、もともとは、女性ホルモンすら手を出さずに、そのままでジェンダー(性役割)のトランスを望む人のことで、肉体の変化まで望む人はトランスセクシャルと言っていたのです。けれど1995年の段階で、私と同年代の人には女性ホルモンが徐々に広まって行ったことは彼女の手紙からも受け取れます。
性別意識はそのままで服装だけトランスしたい人のことは、トランスベスタイトというそうですが、以上の3つをまとめてトランスジェンダーと総称することもあったようで、そのことを「広義のトランスジェンダー」なんて言う人もありました。
(ジェンダーとは人間どうしの関係における性役割とか性別意識という意味。セクシャルとは生物学的な性別のこと。ベスタイトとは服装の意味です)
その後、何年かして性同一性障害(GID)という言葉が使われ出したのですが、トランスセクシャルとほとんど意味が重なっていて、ほぼ同じ意味で使う人が多かったのです。けれど最近になって誰もが性同一性障害のことを語るようになり、日本語でセクシャルといったときの語感が好まれないせいか、トランスセクシャルはあまり使われなくなったようです。そのかわり言葉の響きの良い「トランスジェンダー」を使う人が増えているようです。
そんなわけで「トランスジェンダー」の意味も、巷では3通りになってるようなのです。
つまり、
1、肉体改造はあまり望まない本来の意味のトランスジェンダー。
2、医療による肉体改造を必須と考えるトランスセクシャルの代替語から広まった「トランスジェンダー」。
3、トランスベスタイト(またはそのうちの衣服フェティシズムが動機になっている傾向を除いたもの)まで含めた広義のトランスジェンダー。
『夢想兵衛胡蝶物語』と……
2008/05/15
トランスジェンダー史
江戸時代の滝沢馬琴の『夢想兵衛胡蝶物語』や『異国奇譚和荘兵衛』などに、妻の出産に際して、夫もたいへんな苦痛をおぼえる擬娩(擬産)の話があるそうです。
「擬娩」については2007/1/9の記事を参照してください。
擬娩について日本では近代の学者は事実を確認していないようですが、妻が妊娠したときに夫もツワリと同じような症状をおこしたことは、日本各地にあったようで、「男のツワリ」と呼ばれています。地方によってはさまざまな方言があったようです。
東北地方ではツワリをクセといい、男のツワリのことを「クセヤミ」と言ったそうで、「病んで助けられるのはクセヤミばかり」という諺もあるとか(病気をすることによって人を助けられるのは、という意味でしょう)。
青森県三戸地方では「スケヤミ」、秋田県では「モチグセ」、宮城県牡鹿郡や福井県坂井郡では「アイクセ」、新潟県佐渡地方では「ハラミヤミ」、奈良県高市郡では「アイボツワリ」、大阪府泉北郡では「アイゾウのツワリ」などなど、いろんな言葉で呼ばれたようです。
また、ある医学者の随筆に、26歳の学生が、毎月決まったころに腹痛がおこり、尿道から出血したことが書かれているそうで、その時期には前立腺が肥大していたらしいです。稀に男性にも女性の生理に似た症状がおこるのかもしれません。上杉謙信などもこの症状だったのかも?
「擬娩」については2007/1/9の記事を参照してください。
擬娩について日本では近代の学者は事実を確認していないようですが、妻が妊娠したときに夫もツワリと同じような症状をおこしたことは、日本各地にあったようで、「男のツワリ」と呼ばれています。地方によってはさまざまな方言があったようです。
東北地方ではツワリをクセといい、男のツワリのことを「クセヤミ」と言ったそうで、「病んで助けられるのはクセヤミばかり」という諺もあるとか(病気をすることによって人を助けられるのは、という意味でしょう)。
青森県三戸地方では「スケヤミ」、秋田県では「モチグセ」、宮城県牡鹿郡や福井県坂井郡では「アイクセ」、新潟県佐渡地方では「ハラミヤミ」、奈良県高市郡では「アイボツワリ」、大阪府泉北郡では「アイゾウのツワリ」などなど、いろんな言葉で呼ばれたようです。
また、ある医学者の随筆に、26歳の学生が、毎月決まったころに腹痛がおこり、尿道から出血したことが書かれているそうで、その時期には前立腺が肥大していたらしいです。稀に男性にも女性の生理に似た症状がおこるのかもしれません。上杉謙信などもこの症状だったのかも?
卵から返る
2007/06/09
トランスジェンダー史
1/9に擬娩について書いたとき
http://hatopia.blog10.fc2.com/blog-entry-302.html
ネットを検索して調べることはしなかったのですが、ちょっと調べてみたら、
「擬娩」はフランス語で「クーバード」と言い、そのもとの意味は「孵化」。鳥のメスが産んだ卵をオスが温めることにたとえて言われたようなのです。
「couvadeとはもともとフランス語における"couver(= hatch<子供を産むこと、卵が孵化することなど>)"を語源とし、それは古来より世界各地で行われていたクーバードという風習に由来している。」(http://x51.org/x/05/06/2234.php)というのがありました。(hatchは英語)
鳥のオスが卵を温めて雛をかえすことと、人の男性がお産のふりをする擬娩とは、たまたまかたちが似ていたので後からクーバードと呼ばれるようになったのではあるのしょう。けれど、人の男性のそういう行為自体が、もともと鳥の行為の模倣から始まったものだったと考えることもできます。コウノトリが赤ちゃんの命を運ぶように、父親による鳥の模倣行為がなければ、人間は命をさずかることもできなかったのかもしれないのです。
「クーバード症候群」とか「男性の神経症・精神病患者」などと書かれたページもありましたが、西洋医学の今の視点だけで全てをなで斬りにするとそうなるのでしょうか。フレーザーやレヴィ=ストロースのような視点が必要です。
人が鳥を模倣するというのは、よくあることで、鳥装のことも書きました。
http://hatopia.blog10.fc2.com/blog-entry-333.html
ちょっと書き足らなかったですが、人の衣服の起源は、鳥の模倣から始まったのかもしれないのです。
バレンタインデーの起源についても、キリスト教以前の習俗で、鳥が交尾する日だったという説もあります。
さて英語のhatch の語源を調べたいのですがまだわかりません。鳩子はhat…という言葉にこだわってしまいます^^;。潜水艦や自動車の屋根の出入口をハッチというのは、卵の殻が開いて中から出てくる感じのことなのでしょうね。
最近ニュースで話題になった「赤ちゃんポスト」は、英語で"Baby Hatch"と言うんだそうです。このほうが良い言葉ですね。卵から早く出すぎたのでもう一度卵の中にかえす(戻す)意味になります。
ところで日本語では卵の中から出てくることを「かえる」と言うのです。この世に帰ってきたという意味なのでしょうか。だったら命は大切に使わないといけませんね。
英語のhatchは「くぐり戸」という意味が古いようですが語源といえるかどうか。
http://hatopia.blog10.fc2.com/blog-entry-302.html
ネットを検索して調べることはしなかったのですが、ちょっと調べてみたら、
「擬娩」はフランス語で「クーバード」と言い、そのもとの意味は「孵化」。鳥のメスが産んだ卵をオスが温めることにたとえて言われたようなのです。
「couvadeとはもともとフランス語における"couver(= hatch<子供を産むこと、卵が孵化することなど>)"を語源とし、それは古来より世界各地で行われていたクーバードという風習に由来している。」(http://x51.org/x/05/06/2234.php)というのがありました。(hatchは英語)
鳥のオスが卵を温めて雛をかえすことと、人の男性がお産のふりをする擬娩とは、たまたまかたちが似ていたので後からクーバードと呼ばれるようになったのではあるのしょう。けれど、人の男性のそういう行為自体が、もともと鳥の行為の模倣から始まったものだったと考えることもできます。コウノトリが赤ちゃんの命を運ぶように、父親による鳥の模倣行為がなければ、人間は命をさずかることもできなかったのかもしれないのです。
「クーバード症候群」とか「男性の神経症・精神病患者」などと書かれたページもありましたが、西洋医学の今の視点だけで全てをなで斬りにするとそうなるのでしょうか。フレーザーやレヴィ=ストロースのような視点が必要です。
人が鳥を模倣するというのは、よくあることで、鳥装のことも書きました。
http://hatopia.blog10.fc2.com/blog-entry-333.html
ちょっと書き足らなかったですが、人の衣服の起源は、鳥の模倣から始まったのかもしれないのです。
バレンタインデーの起源についても、キリスト教以前の習俗で、鳥が交尾する日だったという説もあります。
さて英語のhatch の語源を調べたいのですがまだわかりません。鳩子はhat…という言葉にこだわってしまいます^^;。潜水艦や自動車の屋根の出入口をハッチというのは、卵の殻が開いて中から出てくる感じのことなのでしょうね。
最近ニュースで話題になった「赤ちゃんポスト」は、英語で"Baby Hatch"と言うんだそうです。このほうが良い言葉ですね。卵から早く出すぎたのでもう一度卵の中にかえす(戻す)意味になります。
ところで日本語では卵の中から出てくることを「かえる」と言うのです。この世に帰ってきたという意味なのでしょうか。だったら命は大切に使わないといけませんね。
英語のhatchは「くぐり戸」という意味が古いようですが語源といえるかどうか。
カラフルな鳥たち、そして鳥装とは
2007/05/03
トランスジェンダー史
一昨年の夏、KさんとSさんと三人でミニオフ会をしました。最初はKさんとだけ会う予定だったのですが、あたしが滅多に遠出ができないもこともあり、せっかくの機会なのでSさんもご一緒していただいたのです。昼食後に三人で近くの公園を散歩していると、公園のはずれに小さな動物園がありました。そこには熱帯地方の珍しい鳥がたくさんいました。鳥たちは色がとてもカラフルで、からだの一部が真っ赤だったり、緑色や黄色をしていたり、日本にはいない原色の鳥たちでした。(そのときの写真では鳥がよく写ってませんが……)
そのときふと、熱帯地方の人たちの好む衣服の色も、カラフルなことを思いました。子どものころに叔父さんのハワイ旅行のお土産にもらったアロハシャツの色も、カラフルでした。
そこへいくと日本人の好む色は、微妙な中間色が多いです。渋好みというか、日本に棲む鳥たちもなぜか地味な色をしているのが多いです。若い人の好むパステルカラーも原色ではなく一種の中間色ということになると思います。
そこで、民族の色の好みは、服装の色の好みのことであって、そこに棲む鳥たちの色の影響が大きいのではないか、ということをテーマにしたいのです……、
古代社会には、鳥装のシャーマンたちが、世界各地にいたそうです。鳥装とは、羽根を身につけたり、くちばしのようなものをつけたりして、鳥のかっこうをすることです。空を飛ぶ鳥は、神々の使いと見なされ、また霊魂を運ぶものと考えられて、シャーマンたちは神の使いであるために鳥装をしたわけです。そのときの鳥装の色彩は、その地方に棲む鳥と同じような色彩になるわけなのでしょう。
そして歴史が進んでも、晴れ着として着られた衣服の色彩は、鳥装の色彩の影響が根強く残ったようで、現代では普段着の色彩にも影響を与えているわけです。
古代のシャーマンといえば、女装の男性も多かったらしいのですが、こういう女装と鳥装との関係はどうなのでしょうね。
悲しみの手鞠唄
2007/02/27
トランスジェンダー史
日本の庶民のあいだでは、生まれた子供が男の子だったとき、とても喜んだ風習があったそうです。それは中国から来た男尊女卑の思想の影響だろうと解説してある本もあったのですが、なんとなく疑問に思っていました。
島根県仁多郡に伝わる手鞠唄の歌詞を見たとき、その謎が解けたような気がしました。その手鞠唄には、間引きのことが歌われていました。間引きとは、人々が限られた狭い田畑からの収穫だけで暮らしていた時代に、たくさんの子孫を養うことができずに、子供をどうせ飢え死にさせるくらいならと、捨てて川に流してしまったことでした。
その悲しい手鞠唄には、こう歌われます。
うちの姉さん、なぜまま食わんやら、腹に七月、あの子ができた。
あれがもしもし男の子なら、寺へ上らしょ、学問さしょに、
これがもしもしおなごの子なら、薦に包んで小縄で締めて、
前の小川へそろりと投げる。
上から烏(からす)がつつくやら、下からもぐらがつつくやら。
つついた烏はどこへ行た。千国万国越して行た。
(飯島吉晴『子供の民俗学』より)
男の子なら、お寺へ預ければ、なんとか生きて行けるかもしれません。修行をつめば、立派な僧にもなれるかもしれません。
けれど女の子なら、それはできませんから、捨てるしかなかったのでしょう。おろそかに捨てたなら、成仏することさえできないかもしれません。せめて千国万国を越えた先で、魂が安らぐようにと、歌わずにはいられない気持ち。
そんな母親たちの気持ちが、少女の手鞠歌の歌詞に伝わったものと思います。
捨てられた女の子が成仏するのは、容易なことではないかもしれません。
日本の仏教で、女子は変生男子とならなければ成仏できないとされたのは、このような間引きにまつわる人々の長い生活の歴史の背景があったからのように思えてきます。女子の成仏が容易でないことが、あきらめの気持ちに転じていけば、女性はもともと罪深い存在なのだとか、不浄であるとか、そういった観念も生じてしまったのでしょう。そして生まれる子が女の子であることは悲しいことだったのです。
けれど人々は、祈りを歌にこめました。
お寺で稚児として生きのびることができた男の子は、水辺に消えた小さな姉妹たちの魂を呼び寄せ、彼女たちの生まれ変わりともなり、だから両性具有であったのでしょう。
鼠小僧の薄化粧
2007/01/25
トランスジェンダー史

江戸時代の盗賊、鼠小僧といえば、大金持の家だけを襲って、盗んだものを貧しい人に分け与える義賊であるとして、泥棒ながら庶民に人気のある人です。歴史学者の話では、彼が盗んだ物を庶民に与えた事実はなかったそうですが、幕末の時代に金持の商人や武家だけを狙って暴れまくったことから、打ちこわしや世直しのイメージと結びつけられたものと思われます。(画像は「鼠小僧と弁天小僧」東京都立図書館蔵)
鼠小僧がついに捕まってしまったのが、天保3年(1832)のこと。旧暦8月19日に、市中引廻しの上、打首獄門となりました。
その市中引廻しの様子について『盗賊の日本史』(阿部 猛 著)という本によると、
「大勢の見物人の中を、裸馬に乗せられて引き廻された彼の風采は、縅(縮)青梅の着物、白い襦袢、八端の帯で、薄化粧をしていた」とのこと。
女装のようないでたちだったようです。
明治の女性、長谷川時雨は、そのときの鼠小僧を実際に見たという祖母の話を書いています。
「祖母はよく見て知っていたといった。引廻しの時も、前のうまやから馬が出て大通りを通ったが結城(ゆうき)の着物をきて薄化粧をしていたといった。」
(旧聞日本橋・古屋島七兵衛)
服装については詳細ではありませんが、遠目に見ていたのかもしれません。
直木三十五も次のように書いています。
「市川小団次は鼠小僧次郎吉が刑場へ送られて行く時の姿を「薄化粧して縮の着物」と云っているが外の記録によると、黄八丈の着物という事になっている。」(槍の権三|重帷子)
上等の派手めな着物に化粧をしていたことは共通しています。
「黄八丈の着物」という異伝については、密通事件で死罪となった白子屋お熊(女性)が、やはり黄八丈の着物を着ていたそうなので(恋娘昔八丈)、何か関係があるのかもしれません。罪人の流刑地だった八丈島から「八丈」の連想がはたらいたのかもしれません。黄色は、かなり高貴な色なのかもしれません。
鼠小僧は、なぜ女装なのでしょうか。
世直しのヒーローは江戸時代初期の天草四郎のような女装的存在の系譜があるのは事実です。
また、仏教では罪深い存在とされた女性が救済されるには変性男子(へんじょうなんし)とならなければならないという考えがありました。成仏するときは男性に変わるという考えかたです。
仏教にはありませんでしたが、男性の救済----この場合は罪人ですが----のためにも、変性女子とならねばならないという考えが、あったかもしれないのです。
『盗賊の日本史』という本に、『古今著聞集』からの次のような話が載っています。
「承久(1219-21)の頃の話である。内裏に盗人を追いつめ、蔵人所衆の源行実が記録所の辺で搦め捕った。行実はその盗人に白い水干・袴に紅の衣を着せて、盗んだ品物を首にかけさせて、北の陣、朔平門の辺に送り、検非違使に引渡した。」
水干は鎌倉時代以後はおもに幼年や白拍子の着るものになっていったという事典の解説もありますし、「紅の衣」というのも、女装的存在といえると思います。
少なくとも鼠小僧の女装は、彼の個人的な趣味ということではなく、鎌倉時代やもっと昔までさかのぼれるようなものであって、罪人または男子の救済の問題が関わってくるような問題なのでしょう。
関連記事「幕末のアンドロギュノス」 「変生女子について」
擬娩とジェンダー
2007/01/09
トランスジェンダー史
擬娩(ぎべん)とは、妻の出産のときに、夫が出産の真似のようなことをしたり断食などもしたという、南アメリカ大陸など世界各地に存在した古い風習のことです。
夫による妻の行為の真似とするなら、広義のジェンダーのトランスともとれなくもありませんが、なぜそんなことをしたのか、学者の説によると……、
赤ん坊や母親に危害を加えようとする悪霊の目をそらすため、というのがよく言われているようです。
けれど……『双六で東海道』(丸谷才一)という本によると……、19世紀の学者は、母系社会から父系社会の移行期に父親が自分の子であることを主張するためにそのようにしたと考えた。こちらの説明のほうがわかりやすいというお話。産みの苦しみなどを夫が疑似体験することで、妻との一体感を得て、子の親であることを確信したということでしょうか。
南米では少女の初潮のときハンモックにくるまって断食した、このハンモックというのは夫が擬娩のときにもくるまったものであることから、丸谷さんは、これは生まれ変わりのことで、父親の擬娩というのも母親の真似ではなく胎児の真似なのではないかと言うわけです。少女は成人になる試練のために断食したが、赤ん坊にそうさせるわけには行かないので父親が代わりにした、調べたらレヴィ・ストロースという学者も同じようなことを言っている、というお話。
南米では、擬娩のときには、近所の人がお見舞いに来るのは擬娩状態の父親に対してであって、母親は隠れてこっそり出産したそうです。こんなところから「悪霊の目をそらす」と解釈されるのでしょう。母親は、出産後すぐ働き、産後しばらくは、赤ん坊と父親の両方のめんどうをみたそうです。だから父親は赤ん坊の真似をしているといえなくもないわけです。母親が赤ん坊と同じようにめんどうをみたとき、父親の断食の終わりに母乳を与えたとは書いてありませんでしたが、父と子が何か同等の「兄弟」のような存在になってしまうのが、この説のちょっとしっくり来ないところです。
父親がトランスするという説も捨てがたいわけです。
母系社会から父系社会への移行期に多くの父親が擬娩のようなことをしたとすれば、母系社会にさかのぼれば部族のリーダー格の父親たちだけがそうしたということも想像できます。
日本の神話で南米のハンモックのようなものといえば、真床追衾(まとこおふすま)というのがあります。空からニニギノミコトという人が降りてくるときにくるまっていた寝床のことです。ニニギノミコトが天孫として降臨したときは赤ん坊だったという説もあるのですが、南米の少女のような意味があったとしたほうが、すっきりするかもしれません。
天孫降臨は長旅であり、長旅に際して貴い少年がトランス(女装)したことは、ヤマトタケルなどの例もあるわけです。ま、トランス自体が一種の「生まれ変わり」ではあるわけですけれど。
夫による妻の行為の真似とするなら、広義のジェンダーのトランスともとれなくもありませんが、なぜそんなことをしたのか、学者の説によると……、
赤ん坊や母親に危害を加えようとする悪霊の目をそらすため、というのがよく言われているようです。
けれど……『双六で東海道』(丸谷才一)という本によると……、19世紀の学者は、母系社会から父系社会の移行期に父親が自分の子であることを主張するためにそのようにしたと考えた。こちらの説明のほうがわかりやすいというお話。産みの苦しみなどを夫が疑似体験することで、妻との一体感を得て、子の親であることを確信したということでしょうか。
南米では少女の初潮のときハンモックにくるまって断食した、このハンモックというのは夫が擬娩のときにもくるまったものであることから、丸谷さんは、これは生まれ変わりのことで、父親の擬娩というのも母親の真似ではなく胎児の真似なのではないかと言うわけです。少女は成人になる試練のために断食したが、赤ん坊にそうさせるわけには行かないので父親が代わりにした、調べたらレヴィ・ストロースという学者も同じようなことを言っている、というお話。
南米では、擬娩のときには、近所の人がお見舞いに来るのは擬娩状態の父親に対してであって、母親は隠れてこっそり出産したそうです。こんなところから「悪霊の目をそらす」と解釈されるのでしょう。母親は、出産後すぐ働き、産後しばらくは、赤ん坊と父親の両方のめんどうをみたそうです。だから父親は赤ん坊の真似をしているといえなくもないわけです。母親が赤ん坊と同じようにめんどうをみたとき、父親の断食の終わりに母乳を与えたとは書いてありませんでしたが、父と子が何か同等の「兄弟」のような存在になってしまうのが、この説のちょっとしっくり来ないところです。
父親がトランスするという説も捨てがたいわけです。
母系社会から父系社会への移行期に多くの父親が擬娩のようなことをしたとすれば、母系社会にさかのぼれば部族のリーダー格の父親たちだけがそうしたということも想像できます。
日本の神話で南米のハンモックのようなものといえば、真床追衾(まとこおふすま)というのがあります。空からニニギノミコトという人が降りてくるときにくるまっていた寝床のことです。ニニギノミコトが天孫として降臨したときは赤ん坊だったという説もあるのですが、南米の少女のような意味があったとしたほうが、すっきりするかもしれません。
天孫降臨は長旅であり、長旅に際して貴い少年がトランス(女装)したことは、ヤマトタケルなどの例もあるわけです。ま、トランス自体が一種の「生まれ変わり」ではあるわけですけれど。
世代別による体格差 〜背伸びだった時代〜
2006/12/23
トランスジェンダー史
東京渋谷の若者で賑わう商店街では、従来の商店組合のオジサンたちが自主的に巡回パトロールして、取り締まりを始めたと、先月TVのワイドショーでやっていました。夜の路上でアクセサリーを売る若者の露店は退去、チンドン屋さんも許可を得たコースから1歩も外へ出てはいけないなどの、ルールを守ることが徹底されつつあるとのこと。大道芸などを繁華街の賑わいの象徴イベントとするのでなく、単に購買客の数の多さをめざすということなのでしょうが、それはともかく、パトロールのオジサンたちは50代で身長175センチ体重70〜80キロ。そんな強そうなオジサンを前にして、若者たちは170センチ以下体重50数キロの貧弱な体形でペコペコしていました。
オジサンたちはパトロールという役割のため特に大柄な人が選ばれたのでしょう。けれど、あと10年もすると、日本の男性の体格の平均値が、屈強な壮年、貧弱な若者ということになると思います。明治時代以後のどの時代にもなかった現象です。
オジサンたちは人生経験だけでなく、体格でも優位になります。若者に元気がなくなるのは当然なのかも。
若い女性たちも、身長体重とも数字の上では小さくなるのでしょうが、胸は大きいしウエストは細いですから、オバサンたちより優位であることは変わりません。
これからの若者は、女装して年上の男性と交際するには有利な体格ともいえます。
性同一性障害の問題も増えて行くわけなのでしょう。
★補足 日本人の平均身長が小さくなったというデータはありませんが、今の40代以下では伸びはストップして横這いになりつつあるようです。
http://www.eps4.comlink.ne.jp/~duciel/eiken/saigen/05-1-12/saijiki05-2r.htm
世代による体格差がなくなるというのは、江戸時代以前の時代に戻ることなのでしょう。日本人はそのとき初めて「明治以後の近代」を冷静に反省できるようになれるかもしれません。体格の上でも「背伸びの時代」だったのです。
哀しきトランスジェンダー
2006/12/04
トランスジェンダー史
就職難なので、ニューハーフにでもなってみようかという若い人もいるそうですが、実際は体育会系の男社会だったりして、思い描いたようにはいかず、世の中はそんなには甘くないらしいです。
最近は売れなくなったホストがニューハーフに転職したり、その逆もあるような、Mさんのお話。
トランスするのにそれが本人の意志によるものなのか否か、という分類法がありましたが、「就職のため」というのはどうなるでしょうか。どちらにしても、分類の意味にどれほどの価値があるでしょう。哀しきものはトランスです。
「女装の被葬者」のところで書いた「古代の二人の首長」の話は、鳥越憲三郎という歴史学者の本にも出てきます。年少の弟が皇位を継承する末子相続が古代に多かったのは、兄が政治、弟が祭祀という分業統治だったからだという説です。当然天皇は女装です。
こうした統治形態が地方の村々にまで行われていたとしたら、祭祀者になりたいという年少者たちが何人もいたとしても不思議ではありません。事実、皇位継承争いをはじめさまざまな事件は歴史をにぎわしています。年長者たちの権力に対して、年少者たちは、女装に憧れ女装をしたかったのだともいえます。
となると、歴史上の王の女装、祭祀での女装は、「個人の意志」によらない女装と分類されてきたことも、大きな疑問になるわけです。
それはまさに哲学者の言葉ではないけれど「権力への意志」ならぬ「女装への意志」でもあったのかもしれません。
最近は売れなくなったホストがニューハーフに転職したり、その逆もあるような、Mさんのお話。
トランスするのにそれが本人の意志によるものなのか否か、という分類法がありましたが、「就職のため」というのはどうなるでしょうか。どちらにしても、分類の意味にどれほどの価値があるでしょう。哀しきものはトランスです。
「女装の被葬者」のところで書いた「古代の二人の首長」の話は、鳥越憲三郎という歴史学者の本にも出てきます。年少の弟が皇位を継承する末子相続が古代に多かったのは、兄が政治、弟が祭祀という分業統治だったからだという説です。当然天皇は女装です。
こうした統治形態が地方の村々にまで行われていたとしたら、祭祀者になりたいという年少者たちが何人もいたとしても不思議ではありません。事実、皇位継承争いをはじめさまざまな事件は歴史をにぎわしています。年長者たちの権力に対して、年少者たちは、女装に憧れ女装をしたかったのだともいえます。
となると、歴史上の王の女装、祭祀での女装は、「個人の意志」によらない女装と分類されてきたことも、大きな疑問になるわけです。
それはまさに哲学者の言葉ではないけれど「権力への意志」ならぬ「女装への意志」でもあったのかもしれません。




