Category: 思い出
エリザベスにてかなり昔のお話ですが、東京神田のエリザベスに入会まもなくのころ、一見美術ないし音楽関係者のような30代の年上の人が「初めて女装してみた」とのことで、一緒のテーブルにいたことがあります。ぼんやりしている会員さんが多い中で、その人は自分で「リリカ」という名前までつけて、短い時間にいろんなことを見聞きしようと積極的でした。その人が、入会まもない私に突然話しかけて「あなたはすごいベテランでしょう、何年ここへ来てるの?」と聞いてきたのですが、私は答えに困ってしまいました。
自慢話ということではないのですが、私の身振り動作などを見て、そう聞いたのだと思います。"女装"などというものはこういう特別の場所でしかできないものだという先入観もあってのことでしょう。

有名なMJ子さんのページに女性らしい身のこなしやしぐさは、先輩たちの教えを受けながらの訓練の賜物だというようなことが書かれてありましたが、そうやって習得される人も多いでしょうし、プロの世界ではそうやって受け継がれて来たものがたくさんあるわけです。
でも意識して訓練しなくても自然にそういう地が出てしまう人もいます。
女系家族で育つと自然にそうなってしまうのかもしれません。よその男の子と比べれば確かに女々しいのですが、家族からみれば、ガキ大将みたいな子がうちの子だったら手を焼いてしょうがないので、おとなしすぎるくらいでちょうど良いと思っていたのかも。

でも小学生のころから、秘密の時間に家で大人のワンピースを着て、鏡の前で歩いてみたり、くるっと回転してみたり、そんなことをしてた記憶がありますから、そういうのが少しは"訓練"になってたのかもしれません。
年齢とともに大げさなしぐさはなくなってきていると思いますが、からだ全体の身のこなしといったことは、簡単には消えませんし、旧世代の"文化"にもなってるといえるかも
12/17「子どものころなりたかった職業」には書き忘れましたが、20代のころなりたかった職業に、舞台女優というのがありました。
たとえば三輪明宏のような人になるには、稀な才能がなければなれませんし、ニューハーフのような仕事には、あたしは向いていないと思いました。

そこで漠然と思っていたことは、日本には歌舞伎というのがあり、明治時代に西洋人に評価されてしまったために、江戸時代の服装のまま古典芸能として固定化してしまったのですが、もとは江戸時代の庶民が憧れる服装をした役者が出る江戸の現代劇だったのです。歌舞伎の古典芸能化に飽き足らないようなエネルギーは、現代日本にもあると思えるので、そのような現代劇の劇団もあるに違いないと思ったのです。つまり宝塚の少年歌劇版です。でもそのようなものは、ありませんでした。

やはり明治の国家はそのようなものは認めなかったのだと今なら理解できます。
近代日本が捨ててしまった大事なものの一つではないかと、今でも思うのですが、日本は本当に残念な道を歩んでしまったものですね。
シャノン古い手紙のいくつかがスキャナ画像で保存してあるのですが、今日なんとなく見ていたら、こんなことが書かれているものがありました。

「○子様ならば、シャノン(有名なシーメール)に優るとも劣らない両性具有の女神としてエロスの魅力を独占できると思います。」

○子さまとは誰のことかというと、あたしのことなんですけど(^^; みなさんけっこう思い込みが激しい人が多いですから、そんなに驚くほどのことではないのですが……。

シャノンという人について、どんな人なのかしらと、今になって調べてみました。
シャノンが姓なのか名前なのかわからないのですが、某閉鎖サイトの「人名録」に「シャノン、有名な性転換ポルノスター」とありますので、その人のことなのでしょう。画像もそこから借りました。
それ以上のことは、今のネット検索ではわかりません。十数年前のスターのことが、もうわからないのも寂しいですけれど。
前回6/3のところに「自分自身を省みることもまったくなかったわけではありませんけど、特に深くは考えず」と書いたのは、社会と自分との関係についてのことでして、自分の過去の懐かしい思い出をふりかえることは、今も昔も変わらず楽しいひとときになっています。
先日「鳩子ロマンス」の日記に、今ごろになって2年前のことを書きました。「思い出し笑い」というのもよくします。時間をおいてから書いたほうが、そのときの関係者?に気を使わずに済むような気もしますし、なんといっても、思い出し笑いは楽しいです。

このブログの「カテゴリー」の中にも「思い出」がありますし、鳩子の詩集の3大テーマの一つにも「思い出」があります。
子どものころのこともたくさん書きましたが、どうやったらそんなに思い出せるのか聞かれたことがあります。それはもう十代のころからいろんな思い出にふけってばかりいて、その後も何度も何度も思い出していましたから、それでずっと忘れないでいるんだと思います。
小学校3年生のとき、1、2年前のことを思い出して涙ぐんでいるところを、姉に見られたこともありました。
子どものころのことはもっと書きたいことはたくさんあるのですが、プライバシーのこともあって、公開をためらっているものも多いです。
2年半くらい前にホームページを始めたころは、いろんな人からメールをいただきましたよね。9割くらいは男性でした。
それで1日に10通くらい返事を書くわけですよね。書き終えて、ほっとして、次の日になると、その返事が6〜7通と新しいメールが5通くらいで、前の日より増えているわけなのでした。
書けば書くほど、返事を書かなければならないメールがどんどん増えていくので、けっきょく返事を遅らせて書くようになりました。
忙しい中を書いたので、ときどきそっけない感じの書き方をしたこともあったかもしれませんね。だんだんメールも減ってきて、ちょうど良い量の時期もあったのですけど、今はさらに少なくなってるみたいです。
そっけない返事になるよりは、返事を書かないほうがいいこともあるのかもしれませんね。でもそうでない場合もあるんでしょうけどね。
去年の夏ごろから迷惑メールが9割以上になりました。2年前くらいが懐かしいですね。
橋200510/18日の記事「もう一度行ってみたい場所」の写真と同じ場所に出かけて写真を撮ってきました。

前回のときは雨上がりで、もやが立ちこめて良い雰囲気の写真でしたが、今回は明るく晴れた日でした。緑がはっきり写っています。
背景の木々は大きく成長しています。
鳩子のからだの横幅も大きくなってるかもしれません。

写真の出来は前回のほうがずっと良いと思いますが、懐かしい場所をあちこち歩くことができて、充実した一日でした。


前回のこの写真は、スキャナしたときの色調整で青色が強めになっています。
着ているものの青い色が実際の色に近づくように調整したわけなのでしょうね。

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たとえば13年前に1本のフィルムに収めた写真の場所。
あのときとたどった場所と同じところを歩いてみたい。

そしてあのときと同じ場所にカメラの三脚を立てて、
同じ場所に今の私が立つ。

年とともに景色は移ろい、年を重ねた自分がいる。

景色はすっかり変わってしまったのに、
取り残されたように変わってない私がいたとしたら……、
(都会ではよくあることですけど……)

それとも景色は変らないのに、変わってしまった私がいたら……
ちょっとこわいけど、ありそうなことですね。
少なくともふくよかなほっぺで微笑むことにしましょう。

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13年前の写真。
逆光だったので、できあがったプリントを見たら、顔が真っ暗で誰の写真かもよくわからないくらいでした。

5〜6年前にネガからスキャナして保存しておいた画像ファイルがあったので、今のデジカメに付いてた画像ソフトで「露出」の調整をしてみたのです。
そしたら、ご覧のように顔が明るく見えるようになりました。
あのときの私ってこういう表情をしてたんだなって、今になって初めてわかったのです。
とても不思議な気分。

何年かして、もっといいソフトができたら、もっとクリアなあのときの私に再会できることもあるのでしょうか……

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さいきん身長の低い男の子が増えているというお話。
「まりっぺのつぶやき」で見ました。→クリック
栄養バランスと成長期の睡眠不足が原因らしいです。
鳩子は中学3年生の春からあまり身長が伸びてませんが、あのころからラジオの深夜放送を聞いたりして寝不足になり始めたかも。でもその時点で大きいほうだったし、その後も平均よりやや大きめです。
男子は中学生の三年間が一番の成長期で、女子は小学5〜6年生のときが一番身長が伸びる時期なのだそうです。私の場合は中間の小学6年から中学1年のころがいちばん伸びたので、そのころは良く寝ていたのかも。
今でも朝が遅いときにたっぷり眠ったあとのぼんやりしたひとときはとても快感です。
もっと背が低かったらフルタイムガールになってたのかも。
一説にクラインフェルター症候群の人は背が高い人が多いともいいます。
綺麗とか可愛いとか言われると
すぐその気になってしまいますよね。

足が綺麗だと言われたら、それじゃ足くらいなら、さわらせてあげてもいいかななんて思ったりして・・・
その先は要注意なのかも?^^;