Hatopia

2012/01/21 未分類
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2010年12月から、atpagesさんの調子がよくなりました。
NO NUKES!!
「脱原発ポスター展」http://nonukeart.org/よりお借りしました。
著作権フリーだそうです。
色を変更してGIFファイルに変換しました。(2011-9-15)
永井義男「おとこおんな、おんなおとこ」
http://homepage3.nifty.com/motokiyama/nagai4/nagai4-21.html
江戸時代の二人のトランスジェンダーの話。
その1は、「竹次郎の出産」の話です。
こちらに書きました「竹次郎の出産」

その2は、縫箔職人の重吉の女房・小若の話。
幕末の嘉永五年(1852)、江戸の麻布今井寺町(今の六本木あたり)は、お寺や商人と職人の多い町だったらしいですが、重吉の女房・小若は男ではないかといううわさがたったそうです。小若は新内節のお師匠さんもしていて、美声だったのでしょう。奉行所へ召し出されたときは、弟子たちも、近所の人たちもびっくり仰天。結局、奉行所から罰として「手鎖」を言い渡されたそうです。、『藤岡屋日記』にある話らしいです。

縫箔職人とは、布地に刺繍や金箔などで加工して舞台衣装などの生地にする職人です。
手鎖とは、両手に手錠を掛けられて何十日間か自宅謹慎させられること。手錠を掛けられては三味線も弾けません。「手鎖」は相応の罰金を納めれば済むこともあったそうですが、小若のケースではわかりません。

噂になってしまった原因については、女房なのにお歯黒を付けなかったこと、銭湯へ行かずに行水で済ましていたことなどが書かれています。

小若はなぜお歯黒を付けなかったのでしょう。
そして奉行所が罰を言い渡した理由は何なのでしょう。
永井氏は「とくに悪いことをしているわけではないのだが、手鎖という処罰を受けたのは、「世の中をいつわっていたのは不届きである」ということであろうか。」と書かれています。理由はよくわからないが強いて言えば……というニュアンスです。
奉行所に呼び出されて、奉行所において見るからに女として振る舞った。これが「公儀を偽った」といえば確かにそうかもしれません。しかし世間では認知されていたわけですから、世間的にはそのことは問題はなかったのです。
呼び出しを受けなければ、問題はなかったともいえます。なぜ奉行所レベルまで事が大きくなってしまったのでしょう。

噂が立ったくらいでは、奉行所が動くほどのことではありません。奉行所の人手も足りません。普通は町内で解決すべき問題です。大家さんなどの手に負えなくなったときにだけ、奉行所のお世話になるわけです。周囲の手に負えないほど、お歯黒がいやだったのでしょうか。

お歯黒をしないということは、「女装」としては不十分のようなところがあります。成人女性としてはありえない娘のようないでたちです。今でいえばロリータファッションのようなものですから、ケシカランと考えた人もあったのでしょう。本人へ意見しても、開き直ったような態度をとる。奉行所へでもどこへでも訴えればいいじゃないかと。職人の女房ですから、そのくらいのことは言います。
近所の人たちも、弟子たちも、お歯黒をしない女房を認めているんですから。
お歯黒のような風俗は、明治政府の鶴の一声だけで切り替わるようなものではなく、庶民の間でも徐々に違和感がふくらんでいった時代だったのだと思います。

手鎖の期間が終われば、小若はお歯黒をせざるを得ません。
男装を強要されるようなことはないでしょう。いちいちそんなことをしたら、失業者、浮浪者、人格障害、犯罪予備軍などが、江戸の町にあふれてしまいます。江戸時代は、効率的な輸送手段である馬車の運行を一切認めず、馬子の雇用対策を最優先したような、そんな時代ですから。
小若のような庶民が、歴史の片隅にその名を記録されるようになったのは、事件にからんでしまったからです。それは極めて例外的なことであって、トランスジェンダーに限らずほとんどの庶民は、その名を知られることもなく、一生を終えるのが普通です。
もう一つの日記「トランスジェンダーな日々」
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の更新情報です。

爪とキス
同じような体験
ヤマトタケル
宇宙人
強いなんとか
タイムカプセルに
出生の秘密?
めざせ!目標
過去記事の整理
針師のおかつの歩き方

牛、死を知って泣く
末広がり
自転車の歌
山水ガール
おさのの物語
「質問」と「答え」と?
新企画
若道と美道
江戸時代の艶の本
花物語と少女漫画
江戸の春の画
桃の花、梅の花
4月
別れの季節
歴史上の空想ですが
歴史上の人物で女性説のある
泣く男 2
悲しいけれど、怖くない
お相撲のこと
すれちがいも粋なり?
身長差
春のような
1973年のプロ野球
1970年代
鳩のマーク
寅年
ふと家父長制という言葉が気になったので、ネットを検索してみると、このページがいちばん良いようですね。
http://www.netlaputa.ne.jp/~eonw/sign/sign53.html(神名龍子)
批判の語句などが厳しすぎる感じもしなくはないのですが、おおむねこの通りなんだろうと思います。
付け加えるとしたら、少々枝葉的なことではありますが、次の2点でしょう。

1つは社会集団組織の東西の違いです。
世間で言われている「家父長制」には、意味の違う2種類があって、1つは西洋の近代社会成立以前の「家父長制」で、もう1つは日本の明治〜戦前のころの民法などの特徴を「家父長制」ととらえた人たちがいたことだそうですが、では日本の近代以前はどんなだったかということです。
西洋のような専制君主のような家父長制ではなかったのですが、要するに、同族集団が殿様のような象徴的な存在の人をトップに据えて、数人で側近政治をやってたようなパターンじゃないでしょうか。一人の独裁ではないので近代社会で否定されませんでした。庶民レベルでも、名主(なぬし)というのは語源も"同じ苗字の集団の長"という意味なので、日本人社会は上も下も同じようだったように見えます。

2つめは、日本では中世以前においても夫婦で財産は別々だったといった男女平等風なことがなぜ可能だったかについての部分です。
こんなことが書かれていました……「私の考えでは、これはおそらくは日本の武士が、元をただせば開墾農民だったからからだと思っている。元々が夫婦で力を合わせて起こした家であれば、役割分担はあっても、どちらが上ということはない。」
「私の考えでは」と強調しているのは異論を承知で書かれたのでしょう。
もっと簡単な説明があります。つまり夫婦は同居する習慣がなかったですし、先祖から相続した田畑や財産も当然夫婦別々で、年貢を納める先の領主も別々になることがあったみたいです。財産については鎌倉時代初期の法律(御成敗式目)に女子による相続を前提にした条項があったと思います。

とはいいつつ、社会の主要な役割を担ったのは古代から男性たちでした。
なぜそうなのか、それなりに考えてみますと……
「社会」が成立したときからそうだったのでしょうね。ただしこの「社会」とは近代人が考える普遍的な社会……「人間は社会的存在である」というときの「社会」のこと……ではなくて、原始時代の部族集団と対立して成立した社会……利害対立の調整機構としての社会のことです。
部族や一族の集団では、日本では女子の役割のほうが重かったかもしれません。けれど一族どうしの共存のための調停役が男子でしたので、調停に失敗して戦争になったり、いろんな対立を経て国家ができたのでしょうが、そうした歴史の歩みとともに、人間にとっての一族集団の価値がどんどん下がってしまって、利害対立の調整機構ばかりが注目されるようになっていったために、男性ばかりが目立って行ったということではないでしょうか。それが今までの歴史だと思いますが、将来はどうあるべきなのでしょうね。
めおと楽団ジキジキによる「千の風になって」という歌の替え歌で、「離婚調停の歌」というのを聞きました。
「私の実家の前で、叫ばないでください。そこに私はいません、戻ってななんかいません♪」 ……面白かったです

さて、離婚といえば、江戸時代には「三下り半」と呼ばれた3行半の離縁状を男が書かなければならないのでした。その文書内容は、男の都合で離縁したので、以後女が誰と縁付こうと干渉しない、という誓約文なのですが、女はこれを取っておかないと再婚できません。嫁入りだった場合、実家の籍(人別)に戻るためにも必要です。女からは三下り半を確かに受け取ったという証文を男へ返す場合もありました。「三下り半は突きつけるものではなく女が奪い取るもの」(杉浦日向子)です。

男にだけ書かせるのは、後でねちねち言う男が多かったせいもあるかもしれませんが、離縁状は地域社会や関係者への誓約でもありますから、そういうつきあいは男が代表するものだったというのもあるかもしれません。あるいは女の文字がフェティシズム(性的な意味ではなく)の対象となるのを避ける意味もあるかも。

江戸の町では女の人口が極端に少なかったため、女には新しい縁談は降るほどあったようです(男にはめったになかったとのこと)。
地方でも婿の浪費などがあれば、年貢の義務を果たせませんから、すぐ追い出されます。婿でないケースでは、非行や遊び癖のある息子は年長息子でも既に勘当されて淘汰されて、素行の良い弟が後継者になりますから、離婚率は少なかったでしょうが、いずれにせよ、離れた気持ちが戻らないということになれば、仲人や親族や村の人を交じえてよく相談して、二人の将来優先で最終決着になります。離縁ですから中には悲劇的なものもあるのはしかたありません。武士や上層階級では細かい仕来たりもあったようですけれど。

明治以後の解釈では、当時は男にだけ離婚権があってしかもそれを一方的に行使できたかのような誤った解釈が流布していたのですが、最近は、学校の歴史教科書でも正しい解釈が採用されるようになっているのことです。

明治以後の歴史観は、男尊女卑的な考えのため、男女の問題において他にも誤った歴史の解釈をずいぶん広めてしまったようですね
「手なし娘」という昔話があるそうです。グリム童話にも似たようなのがあるそうです。あらすじはこんな感じ

女の子が毎日継母にいじめられて、継母に腕まで切られて「手なし娘」になってしまいます。
けれど彼女は不自由なからだで苦労しながら成長し、やがてお婿さんをもらって家庭を築き、子どもも生れます。
ある日、子どもをおんぶしながら娘が川で洗濯をしていると、おんぶの紐がほどけて子どもは川に落ちてしまいました。娘はとっさに先のない腕をさし伸ばして子どもを助けようとしました。そのとき、娘の腕の切られたところから新しい手が再生して、子どもをしっかり抱きかかえ、子どもを助けることができたのです。それは観音様の霊験によるものだとのことです。

もしかすると実際には、手は切られたのではなくて、手の機能を母親に奪われていただけなのかもしれませんね。その母親とは継母に限らず、一般の母親でもありうることです。
娘の自由や一人立ちを妨害する母親ということです。
娘は成人して結婚はしたのですが、子どもを助けようと行動を起こしたとき、初めて自立した成人となったということなのではないでしょうか。川の流れは急で、もしかすると自分も流されてしまうかもしれません。それでも勇気をふるって、劇的な場面で行動を起こしたということなのでしょう。

さて私自身のことをいえば、親族ないしは何らかの大きな力によって、これまで自由を奪われてきたことがあったり、ある一歩を踏み出せないできたといえないこともありません。でもそれを越えるための劇的な場面というのに、なかなか遭遇しません。
じつは劇的な場面は何度かあったけれど、それに気づかなかっただけ、というのでは、ちょっと情けない人生になってしまいますよね +.+;
そうではないとは思うのですが、気づく能力というのは大事なのでしょう。
去年の9月ごろから思うことは、今の社会は消費社会を通り越して投資社会とでもいうほかないような社会になっていることでした。
「○○の商品化」なんていう言葉がよく使われた時代もありましたが、それよりも人間の「証券化」のようなものが進んでしまって、期待されたり利用されているうちはいいのですが、人が安く売られるというより紙くず同然に捨てられることもありうるような、そういう世の中の非情な面も問題になってゆくのだと思います。

実は人が夢や希望を語るときも、投資社会のしがらみから自由に語ることが困難になっています。
どうしたらいいのでしょうね。
従来の「男性的」な上昇志向は、人の心を紙くずにしてしまうかもしれないとしたら、立ち戻るべき場所は、労働の基本である、ものを作る仕事や、対面サービス業のような仕事、あるいは職業ではなくても、そういった趣味やそのほか日常のいとなみの中にあるものに目を向けるしかないのかもしれません。その場合に、職業的であることと趣味的であることの差はあまりないはずです。

眠くなったので今日はこれでおしまい
宝くじを買ったこともないあたくしですが、投資ということもさっぱりわかりません。

さて第1次産業というのは自然から食物などを作ったり採集して売って暮らしを立てることです。第2次産業は、人工の物を作ったり加工して売って暮らしを立てることです。生産された食べ物や道具は生活に不可欠のものですから、買う人は対価を支払って満足するわけです。
第3次産業は、物を流通させる商業などがありますが、流通サービスにういても買う人が喜んでくれれば、売る人も生きがいを感じることができるわけですね。そのほかサービス業といわれるものは、目に見えないものであっても対価を支払う人が満足してくれるというのが基本です。
買う人は、買った物を消費して得られる利益に対する対価を支払うというだけでなく、心の満足に対する対価もプラスして支払うわけです。

ところが、投資などで収入を得る仕事は、3つのうちにどれに属するのでしょう。1や2のように物を作るわけではないので、第3次産業なんでしょうね。でも喜んでくれるのは誰でしょうか。金融会社は違いますね。企業ですから個人消費ではないですし、金銭収入になったという喜びでしかありません。
あるいは株などを通じて企業にお金を貸したことは一種のサービスなのであって、そのサービスの対価として配当を受け取るのだとすれば、なんとかサービス業の一つに入るのでしょう。でもややこしいですね。そのサービスを受ける側はやっぱり経済的利益があるんです。

「働かざるもの食うべからず」と言ったのはロシア革命のころのレーニンだと聞いていますが、これは要するに不労所得をいましめた言葉のようですね。地主階級などの働いてない人は食う資格がない、彼らにお金を支払って食わせてあげる必要はないという考えです。

とはいえ、日本人は、昔から、あまり働かないでそこそこの収入があれば、あとは趣味人としてのんきに暮らしたいと考えている人が多いらしいです。でもだんだん将来への不安感がつのる世の中になると、「そこそこの収入」の範囲がわからなくなってしまうんでしょうね。

むかし江戸の町では、どんな仕事でも食べていけたようなところがあったらしくて、たとえば道を歩いて声がかかると、耳掃除をしてあげて、爪を切って磨いて色まで塗ってくれるような商売の人とか、飼い猫の蚤を取って歩いているような仕事の人がいたり、けっこうオタクっぽい職業の人がたくさんいたみたいなんですね。
ジェンダーとは、生物学的な性とは微妙にシフトしていることもある文化的ないし社会的な性のありかたのこと、というのが普通の解釈だと思いますが、
人間の生活で意識されるのは、ほとんどがジェンダーのほうなんでしょうね。(出産などについてもそう言えると思いますが難しくなるので割愛。)

ジェンダーのことをときどき漢字6個で社会的性役割なんて書かれると、窮屈に感じてしまうこともあると思います。社会的とか役割とか、ある種の「社会参加」をしなければいけないような……? でも人間はどう拒否しようとも社会的な存在なのです。

社会という言葉は英語のsocietyの翻訳語として100年ちょっと前にできたものらしいです。societyには、社会という意味だけでなく、団体とかグループとか、身近なところでは世間とか交友関係とか、そういう広い意味が辞書にも載っています。
交友関係での性役割ということなら、パートタイムの夫婦関係のようなものをお持ちのトランスジェンダーさんもいらっしゃるそうですが、それでもじゅうぶんな役割をおつとめだということなんでしょうね。交友関係が広い人もいれば、狭い人もいます。それが世間というものです。
単なる私企業に雇用されることが「社会参加」でもないことはすぐ理解できると思います。雇い主との関係はどこまでいっても私的な関係でしかないですよね。生産とか職場ということになると別の話になりますけど。
ま、無理せずにやっていくのが良いと思います^^;