もう一つの日記「かげふみうた」
http://hatopia.hp.infoseek.co.jp/blog/
10月はよく更新しています。
最近のタイトル
わが半生記は
男は女よりも軽い?
"肩幅"のつづき
肩幅を狭くするには
ふとももについての健康知識
サルトルとボーヴォワールの関係ってなんだっけ
ポーズ研究 その2
ひねりの文化?
表紙の写真
日本語アクセントと作曲
薬とマジック
コミュニケーションって何?
はてなブックマークからの「おすすめ」
月刊誌を読もう
雨降りお月さんのお話
なおこのブログへのコメントは承認制になっています。
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なにかと調子が悪いときは、温泉療養もいいかもしれませんね。
余裕があれば何日も旅館に滞在して、小説でも書いたり……
さいきんは「鳩子かげふみ歌」のほうが更新が多めになっていると思います。こちらです
http://hatopia.hp.infoseek.co.jp/blog/
(2009/3/8)
余裕があれば何日も旅館に滞在して、小説でも書いたり……
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(2009/3/8)
ローマ字の氏名は名前を先に書きたい
2009/04/10
その他・生活と文化
ローマ字で姓名を書くときは、"Hatoko Itsukaichi"のように名前が先で苗字を後に書く人が多かったのですが、最近、逆の書き方をする人が増えてるらしいです。その理由は、外国向けに使い分けるのはおかしい、外国でも中国、韓国、ハンガリーなど「姓-名」の順で通しているとか、使い分けるのは明治以来の欧米コンプレックスに原因があるとか、いろんな考えもあるようです。
そこでよく考えてみました。
日本の庶民の伝統的な名のり方は、ほんとうに「姓-名」の順だったかどうかです。
貴族や武士ではなく、庶民のことですよ。
答は「否」。
というより、苗字は名のらず、名前だけ名のったのですね。苗字がなかった人たちもたくさんいました。
それは武士が権力を使って苗字を使わせなかったというのとも少し違います。
武士は家系を大切にしますから、苗字を名のりました。庶民はどうかというと、狭い村では2〜3種類の苗字しかない村は当たり前でしたので、苗字を強調すると派閥ができてしまうんですね。それで争いの種になることは避けたいのです。だから苗字は名のらないほうがいいんです。「血縁よりも地縁」を大切にしたということです。
そんなわけで、苗字は付け足しのようなものですから、名前を先に言うのが、なんとなくぴったりくるわけです。後から言うと言いそびれることもありますから。
でも武士や貴族以来の慣習も尊重しなければならないとなると、使い分けることになりますね。日本らしくて良いと思います。
苗字を名のったこと自体が欧米化主義だったみたいにも思えるのですが、外国の庶民がどうだったかはよく知りません。
そこでよく考えてみました。
日本の庶民の伝統的な名のり方は、ほんとうに「姓-名」の順だったかどうかです。
貴族や武士ではなく、庶民のことですよ。
答は「否」。
というより、苗字は名のらず、名前だけ名のったのですね。苗字がなかった人たちもたくさんいました。
それは武士が権力を使って苗字を使わせなかったというのとも少し違います。
武士は家系を大切にしますから、苗字を名のりました。庶民はどうかというと、狭い村では2〜3種類の苗字しかない村は当たり前でしたので、苗字を強調すると派閥ができてしまうんですね。それで争いの種になることは避けたいのです。だから苗字は名のらないほうがいいんです。「血縁よりも地縁」を大切にしたということです。
そんなわけで、苗字は付け足しのようなものですから、名前を先に言うのが、なんとなくぴったりくるわけです。後から言うと言いそびれることもありますから。
でも武士や貴族以来の慣習も尊重しなければならないとなると、使い分けることになりますね。日本らしくて良いと思います。
苗字を名のったこと自体が欧米化主義だったみたいにも思えるのですが、外国の庶民がどうだったかはよく知りません。
ふと家父長制という言葉が気になったので、ネットを検索してみると、このページがいちばん良いようですね。
http://www.netlaputa.ne.jp/~eonw/sign/sign53.html(神名龍子)
批判の語句などが厳しすぎる感じもしなくはないのですが、おおむねこの通りなんだろうと思います。
付け加えるとしたら、少々枝葉的なことではありますが、次の2点でしょう。
1つは社会集団組織の東西の違いです。
世間で言われている「家父長制」には、意味の違う2種類があって、1つは西洋の近代社会成立以前の「家父長制」で、もう1つは日本の明治〜戦前のころの民法などの特徴を「家父長制」ととらえた人たちがいたことだそうですが、では日本の近代以前はどんなだったかということです。
西洋のような専制君主のような家父長制ではなかったのですが、要するに、同族集団が殿様のような象徴的な存在の人をトップに据えて、数人で側近政治をやってたようなパターンじゃないでしょうか。一人の独裁ではないので近代社会で否定されませんでした。庶民レベルでも、名主(なぬし)というのは語源も"同じ苗字の集団の長"という意味なので、日本人社会は上も下も同じようだったように見えます。
2つめは、日本では中世以前においても夫婦で財産は別々だったといった男女平等風なことがなぜ可能だったかについての部分です。
こんなことが書かれていました……「私の考えでは、これはおそらくは日本の武士が、元をただせば開墾農民だったからからだと思っている。元々が夫婦で力を合わせて起こした家であれば、役割分担はあっても、どちらが上ということはない。」
「私の考えでは」と強調しているのは異論を承知で書かれたのでしょう。
もっと簡単な説明があります。つまり夫婦は同居する習慣がなかったですし、先祖から相続した田畑や財産も当然夫婦別々で、年貢を納める先の領主も別々になることがあったみたいです。財産については鎌倉時代初期の法律(御成敗式目)に女子による相続を前提にした条項があったと思います。
とはいいつつ、社会の主要な役割を担ったのは古代から男性たちでした。
なぜそうなのか、それなりに考えてみますと……
「社会」が成立したときからそうだったのでしょうね。ただしこの「社会」とは近代人が考える普遍的な社会……「人間は社会的存在である」というときの「社会」のこと……ではなくて、原始時代の部族集団と対立して成立した社会……利害対立の調整機構としての社会のことです。
部族や一族の集団では、日本では女子の役割のほうが重かったかもしれません。けれど一族どうしの共存のための調停役が男子でしたので、調停に失敗して戦争になったり、いろんな対立を経て国家ができたのでしょうが、そうした歴史の歩みとともに、人間にとっての一族集団の価値がどんどん下がってしまって、利害対立の調整機構ばかりが注目されるようになっていったために、男性ばかりが目立って行ったということではないでしょうか。それが今までの歴史だと思いますが、将来はどうあるべきなのでしょうね。
http://www.netlaputa.ne.jp/~eonw/sign/sign53.html(神名龍子)
批判の語句などが厳しすぎる感じもしなくはないのですが、おおむねこの通りなんだろうと思います。
付け加えるとしたら、少々枝葉的なことではありますが、次の2点でしょう。
1つは社会集団組織の東西の違いです。
世間で言われている「家父長制」には、意味の違う2種類があって、1つは西洋の近代社会成立以前の「家父長制」で、もう1つは日本の明治〜戦前のころの民法などの特徴を「家父長制」ととらえた人たちがいたことだそうですが、では日本の近代以前はどんなだったかということです。
西洋のような専制君主のような家父長制ではなかったのですが、要するに、同族集団が殿様のような象徴的な存在の人をトップに据えて、数人で側近政治をやってたようなパターンじゃないでしょうか。一人の独裁ではないので近代社会で否定されませんでした。庶民レベルでも、名主(なぬし)というのは語源も"同じ苗字の集団の長"という意味なので、日本人社会は上も下も同じようだったように見えます。
2つめは、日本では中世以前においても夫婦で財産は別々だったといった男女平等風なことがなぜ可能だったかについての部分です。
こんなことが書かれていました……「私の考えでは、これはおそらくは日本の武士が、元をただせば開墾農民だったからからだと思っている。元々が夫婦で力を合わせて起こした家であれば、役割分担はあっても、どちらが上ということはない。」
「私の考えでは」と強調しているのは異論を承知で書かれたのでしょう。
もっと簡単な説明があります。つまり夫婦は同居する習慣がなかったですし、先祖から相続した田畑や財産も当然夫婦別々で、年貢を納める先の領主も別々になることがあったみたいです。財産については鎌倉時代初期の法律(御成敗式目)に女子による相続を前提にした条項があったと思います。
とはいいつつ、社会の主要な役割を担ったのは古代から男性たちでした。
なぜそうなのか、それなりに考えてみますと……
「社会」が成立したときからそうだったのでしょうね。ただしこの「社会」とは近代人が考える普遍的な社会……「人間は社会的存在である」というときの「社会」のこと……ではなくて、原始時代の部族集団と対立して成立した社会……利害対立の調整機構としての社会のことです。
部族や一族の集団では、日本では女子の役割のほうが重かったかもしれません。けれど一族どうしの共存のための調停役が男子でしたので、調停に失敗して戦争になったり、いろんな対立を経て国家ができたのでしょうが、そうした歴史の歩みとともに、人間にとっての一族集団の価値がどんどん下がってしまって、利害対立の調整機構ばかりが注目されるようになっていったために、男性ばかりが目立って行ったということではないでしょうか。それが今までの歴史だと思いますが、将来はどうあるべきなのでしょうね。
めおと楽団ジキジキによる「千の風になって」という歌の替え歌で、「離婚調停の歌」というのを聞きました。
「私の実家の前で、叫ばないでください。そこに私はいません、戻ってななんかいません♪」 ……面白かったです
さて、離婚といえば、江戸時代には「三下り半」と呼ばれた3行半の離縁状を男が書かなければならないのでした。その文書内容は、男の都合で離縁したので、以後女が誰と縁付こうと干渉しない、という誓約文なのですが、女はこれを取っておかないと再婚できません。嫁入りだった場合、実家の籍(人別)に戻るためにも必要です。女からは三下り半を確かに受け取ったという証文を男へ返す場合もありました。「三下り半は突きつけるものではなく女が奪い取るもの」(杉浦日向子)です。
男にだけ書かせるのは、後でねちねち言う男が多かったせいもあるかもしれませんが、離縁状は地域社会や関係者への誓約でもありますから、そういうつきあいは男が代表するものだったというのもあるかもしれません。あるいは女の文字がフェティシズム(性的な意味ではなく)の対象となるのを避ける意味もあるかも。
江戸の町では女の人口が極端に少なかったため、女には新しい縁談は降るほどあったようです(男にはめったになかったとのこと)。
地方でも婿の浪費などがあれば、年貢の義務を果たせませんから、すぐ追い出されます。婿でないケースでは、非行や遊び癖のある息子は年長息子でも既に勘当されて淘汰されて、素行の良い弟が後継者になりますから、離婚率は少なかったでしょうが、いずれにせよ、離れた気持ちが戻らないということになれば、仲人や親族や村の人を交じえてよく相談して、二人の将来優先で最終決着になります。離縁ですから中には悲劇的なものもあるのはしかたありません。武士や上層階級では細かい仕来たりもあったようですけれど。
明治以後の解釈では、当時は男にだけ離婚権があってしかもそれを一方的に行使できたかのような誤った解釈が流布していたのですが、最近は、学校の歴史教科書でも正しい解釈が採用されるようになっているのことです。
明治以後の歴史観は、男尊女卑的な考えのため、男女の問題において他にも誤った歴史の解釈をずいぶん広めてしまったようですね
「私の実家の前で、叫ばないでください。そこに私はいません、戻ってななんかいません♪」 ……面白かったです
さて、離婚といえば、江戸時代には「三下り半」と呼ばれた3行半の離縁状を男が書かなければならないのでした。その文書内容は、男の都合で離縁したので、以後女が誰と縁付こうと干渉しない、という誓約文なのですが、女はこれを取っておかないと再婚できません。嫁入りだった場合、実家の籍(人別)に戻るためにも必要です。女からは三下り半を確かに受け取ったという証文を男へ返す場合もありました。「三下り半は突きつけるものではなく女が奪い取るもの」(杉浦日向子)です。
男にだけ書かせるのは、後でねちねち言う男が多かったせいもあるかもしれませんが、離縁状は地域社会や関係者への誓約でもありますから、そういうつきあいは男が代表するものだったというのもあるかもしれません。あるいは女の文字がフェティシズム(性的な意味ではなく)の対象となるのを避ける意味もあるかも。
江戸の町では女の人口が極端に少なかったため、女には新しい縁談は降るほどあったようです(男にはめったになかったとのこと)。
地方でも婿の浪費などがあれば、年貢の義務を果たせませんから、すぐ追い出されます。婿でないケースでは、非行や遊び癖のある息子は年長息子でも既に勘当されて淘汰されて、素行の良い弟が後継者になりますから、離婚率は少なかったでしょうが、いずれにせよ、離れた気持ちが戻らないということになれば、仲人や親族や村の人を交じえてよく相談して、二人の将来優先で最終決着になります。離縁ですから中には悲劇的なものもあるのはしかたありません。武士や上層階級では細かい仕来たりもあったようですけれど。
明治以後の解釈では、当時は男にだけ離婚権があってしかもそれを一方的に行使できたかのような誤った解釈が流布していたのですが、最近は、学校の歴史教科書でも正しい解釈が採用されるようになっているのことです。
明治以後の歴史観は、男尊女卑的な考えのため、男女の問題において他にも誤った歴史の解釈をずいぶん広めてしまったようですね
「手なし娘」という昔話があるそうです。グリム童話にも似たようなのがあるそうです。あらすじはこんな感じ
女の子が毎日継母にいじめられて、継母に腕まで切られて「手なし娘」になってしまいます。
けれど彼女は不自由なからだで苦労しながら成長し、やがてお婿さんをもらって家庭を築き、子どもも生れます。
ある日、子どもをおんぶしながら娘が川で洗濯をしていると、おんぶの紐がほどけて子どもは川に落ちてしまいました。娘はとっさに先のない腕をさし伸ばして子どもを助けようとしました。そのとき、娘の腕の切られたところから新しい手が再生して、子どもをしっかり抱きかかえ、子どもを助けることができたのです。それは観音様の霊験によるものだとのことです。
もしかすると実際には、手は切られたのではなくて、手の機能を母親に奪われていただけなのかもしれませんね。その母親とは継母に限らず、一般の母親でもありうることです。
娘の自由や一人立ちを妨害する母親ということです。
娘は成人して結婚はしたのですが、子どもを助けようと行動を起こしたとき、初めて自立した成人となったということなのではないでしょうか。川の流れは急で、もしかすると自分も流されてしまうかもしれません。それでも勇気をふるって、劇的な場面で行動を起こしたということなのでしょう。
さて私自身のことをいえば、親族ないしは何らかの大きな力によって、これまで自由を奪われてきたことがあったり、ある一歩を踏み出せないできたといえないこともありません。でもそれを越えるための劇的な場面というのに、なかなか遭遇しません。
じつは劇的な場面は何度かあったけれど、それに気づかなかっただけ、というのでは、ちょっと情けない人生になってしまいますよね +.+;
そうではないとは思うのですが、気づく能力というのは大事なのでしょう。
女の子が毎日継母にいじめられて、継母に腕まで切られて「手なし娘」になってしまいます。
けれど彼女は不自由なからだで苦労しながら成長し、やがてお婿さんをもらって家庭を築き、子どもも生れます。
ある日、子どもをおんぶしながら娘が川で洗濯をしていると、おんぶの紐がほどけて子どもは川に落ちてしまいました。娘はとっさに先のない腕をさし伸ばして子どもを助けようとしました。そのとき、娘の腕の切られたところから新しい手が再生して、子どもをしっかり抱きかかえ、子どもを助けることができたのです。それは観音様の霊験によるものだとのことです。
もしかすると実際には、手は切られたのではなくて、手の機能を母親に奪われていただけなのかもしれませんね。その母親とは継母に限らず、一般の母親でもありうることです。
娘の自由や一人立ちを妨害する母親ということです。
娘は成人して結婚はしたのですが、子どもを助けようと行動を起こしたとき、初めて自立した成人となったということなのではないでしょうか。川の流れは急で、もしかすると自分も流されてしまうかもしれません。それでも勇気をふるって、劇的な場面で行動を起こしたということなのでしょう。
さて私自身のことをいえば、親族ないしは何らかの大きな力によって、これまで自由を奪われてきたことがあったり、ある一歩を踏み出せないできたといえないこともありません。でもそれを越えるための劇的な場面というのに、なかなか遭遇しません。
じつは劇的な場面は何度かあったけれど、それに気づかなかっただけ、というのでは、ちょっと情けない人生になってしまいますよね +.+;
そうではないとは思うのですが、気づく能力というのは大事なのでしょう。
去年の9月ごろから思うことは、今の社会は消費社会を通り越して投資社会とでもいうほかないような社会になっていることでした。
「○○の商品化」なんていう言葉がよく使われた時代もありましたが、それよりも人間の「証券化」のようなものが進んでしまって、期待されたり利用されているうちはいいのですが、人が安く売られるというより紙くず同然に捨てられることもありうるような、そういう世の中の非情な面も問題になってゆくのだと思います。
実は人が夢や希望を語るときも、投資社会のしがらみから自由に語ることが困難になっています。
どうしたらいいのでしょうね。
従来の「男性的」な上昇志向は、人の心を紙くずにしてしまうかもしれないとしたら、立ち戻るべき場所は、労働の基本である、ものを作る仕事や、対面サービス業のような仕事、あるいは職業ではなくても、そういった趣味やそのほか日常のいとなみの中にあるものに目を向けるしかないのかもしれません。その場合に、職業的であることと趣味的であることの差はあまりないはずです。
眠くなったので今日はこれでおしまい
「○○の商品化」なんていう言葉がよく使われた時代もありましたが、それよりも人間の「証券化」のようなものが進んでしまって、期待されたり利用されているうちはいいのですが、人が安く売られるというより紙くず同然に捨てられることもありうるような、そういう世の中の非情な面も問題になってゆくのだと思います。
実は人が夢や希望を語るときも、投資社会のしがらみから自由に語ることが困難になっています。
どうしたらいいのでしょうね。
従来の「男性的」な上昇志向は、人の心を紙くずにしてしまうかもしれないとしたら、立ち戻るべき場所は、労働の基本である、ものを作る仕事や、対面サービス業のような仕事、あるいは職業ではなくても、そういった趣味やそのほか日常のいとなみの中にあるものに目を向けるしかないのかもしれません。その場合に、職業的であることと趣味的であることの差はあまりないはずです。
眠くなったので今日はこれでおしまい
東京タワーを建てた人
2008/12/24
その他・生活と文化
23日で東京タワーが建ってからちょうど50年、というニュースを見ました。
当時の建設に関わったという鳶職の人のインタビューも見ました。もう80歳近いそのおじいさんは、300メートルの高さに登って強風の中で鉄骨を組んだりしたときのお話をしたり、「東京タワーは俺が建てた」と言いたそうな感じ。もちろん一人で建てられるようなものではないのですけど、職人さんの誇りなんでしょうね。女性にもきっともてたことでしょう。
最近の公共事業のハコモノ工事はどうでしょう。景気対策とか雇用促進とかいってますけど、「あの箱物は俺が建てた」なんて胸を張って言える職人さんはいませんよね。恥ずかしくて自分が関わったことも黙っているんじゃないかしら。だとすると、これはもう、職業への冒涜といっていいと思いますね。誇りを奪い、やる気を失わせてしまって、そうしてるうちに今の経済不況におちいってしまったんでしょう
当時の建設に関わったという鳶職の人のインタビューも見ました。もう80歳近いそのおじいさんは、300メートルの高さに登って強風の中で鉄骨を組んだりしたときのお話をしたり、「東京タワーは俺が建てた」と言いたそうな感じ。もちろん一人で建てられるようなものではないのですけど、職人さんの誇りなんでしょうね。女性にもきっともてたことでしょう。
最近の公共事業のハコモノ工事はどうでしょう。景気対策とか雇用促進とかいってますけど、「あの箱物は俺が建てた」なんて胸を張って言える職人さんはいませんよね。恥ずかしくて自分が関わったことも黙っているんじゃないかしら。だとすると、これはもう、職業への冒涜といっていいと思いますね。誇りを奪い、やる気を失わせてしまって、そうしてるうちに今の経済不況におちいってしまったんでしょう
たまには何か書いてみましょう。
会話の言葉じりの話です。
1970年代ごろから、子どもたちの話し方で
「○○は、××の……」と言うところを
「○○はーぁ、××のーぉ」という言い方が広まって大人たちまで広まりました。
学生運動の「ワレワレはーぁ」というアジ演説の話し方の影響かという向きもあったのですが、実際は学校でタダシイ話し方の指導に力を入れたときに、普段の「○○はね、××のさ」」というような、ネ、サ、ヨなどは絶対良くないという指導だったので、ネ、サ、ヨを使わなければ良いということになって、子どもたちもそうしたのですが、言葉のリズム感からいって1拍抜け落ちてしまってしっくりこなくて1拍ぶん語尾を伸ばすようになったのが始りらしいです。
校長先生だって前から「○○は、あぁー××の、おぉー……」という話し方だったんですけどね。
90年代は尻上がり疑問符型の会話が流行りました。
話の途中の名詞のところで区切って、疑問文のように尻上がりアクセントになって少し間を入れるわけです。ネ、サ、ヨのときのようにそんなに使用頻度は多くありなくて、人にもよりましたが、多すぎる人の話は聞きづらかったですね。若い女性から広まって、一部のオジサンたちまで使ってました。
意味からいうと、オジサンたちの「○○とでも申しておきましょうか、いわゆる○○、周知の事とは存じますが○○というものがありまして」という長い言い方と似たところもあります。
元をたどるとたぶん幼児語なんじゃないかと思います。
10年くらい前から広まってる話し方に、文字で書くと70年代の「○○はー、××のー」と同じなのですが、「ー」と伸ばすところでアクセントを上げて、強くより長く伸ばしたあと1拍以上間を入れるような話し方が広まっていて、よくわからない話し方です。
そういう人に限って「にもかかわらずーーぅ」というあまり意味のない接続詞などを、長くゆっくり力を込めて高いキーで伸ばして言いますね。肝心な内容は声を低くして早口でぼそぼそっと言って、また「であるとするならばーぁ」と力を込めます。
私の周囲ではまだそれほど多くは耳にしないのですが、テレビラジオでは、放送大学の先生がたに多いです。
いくつかの傾向が複合して出来上ったものでしょうけど、お役人の説明のしかたの影響もかなりあるような気がします。
会話の言葉じりの話です。
1970年代ごろから、子どもたちの話し方で
「○○は、××の……」と言うところを
「○○はーぁ、××のーぉ」という言い方が広まって大人たちまで広まりました。
学生運動の「ワレワレはーぁ」というアジ演説の話し方の影響かという向きもあったのですが、実際は学校でタダシイ話し方の指導に力を入れたときに、普段の「○○はね、××のさ」」というような、ネ、サ、ヨなどは絶対良くないという指導だったので、ネ、サ、ヨを使わなければ良いということになって、子どもたちもそうしたのですが、言葉のリズム感からいって1拍抜け落ちてしまってしっくりこなくて1拍ぶん語尾を伸ばすようになったのが始りらしいです。
校長先生だって前から「○○は、あぁー××の、おぉー……」という話し方だったんですけどね。
90年代は尻上がり疑問符型の会話が流行りました。
話の途中の名詞のところで区切って、疑問文のように尻上がりアクセントになって少し間を入れるわけです。ネ、サ、ヨのときのようにそんなに使用頻度は多くありなくて、人にもよりましたが、多すぎる人の話は聞きづらかったですね。若い女性から広まって、一部のオジサンたちまで使ってました。
意味からいうと、オジサンたちの「○○とでも申しておきましょうか、いわゆる○○、周知の事とは存じますが○○というものがありまして」という長い言い方と似たところもあります。
元をたどるとたぶん幼児語なんじゃないかと思います。
10年くらい前から広まってる話し方に、文字で書くと70年代の「○○はー、××のー」と同じなのですが、「ー」と伸ばすところでアクセントを上げて、強くより長く伸ばしたあと1拍以上間を入れるような話し方が広まっていて、よくわからない話し方です。
そういう人に限って「にもかかわらずーーぅ」というあまり意味のない接続詞などを、長くゆっくり力を込めて高いキーで伸ばして言いますね。肝心な内容は声を低くして早口でぼそぼそっと言って、また「であるとするならばーぁ」と力を込めます。
私の周囲ではまだそれほど多くは耳にしないのですが、テレビラジオでは、放送大学の先生がたに多いです。
いくつかの傾向が複合して出来上ったものでしょうけど、お役人の説明のしかたの影響もかなりあるような気がします。
だいぶ前にも書いた記憶があるのですが、以前流行ったノストラダムスの予言の解釈の話です。
予言されたという項目を1つ1つ見てゆくと、何やら戦後のジャーナリスティックな話題だけが予言されたことになっているんですね。それだけが大事件ではないでしょうに。
だからこれからはああいう予言は流行らないでしょう。ワイドショーの時代になってしまいましたから。1000年以上前の予言者の関心ごとと、今のワイドショー的な関心がぴったり一致してるなんて、そんなのウソだって誰にでもわかってしまうでしょうから。ジョークとしては面白いですけどね。
昔の武士の家系の家で、江戸時代に書かれた書物が発見されたことがあったそうですが、その家の先祖が豊臣秀吉かだれかの家来として戦功をあげた話が詳しく書いてあるそうです。現代語訳で出版もされてるそうですが、ほんとは最近の創作(フィクション)らしいです。時代劇で有名になった合戦が全部カタログのように登場したりするんじゃないでしょうか。時代劇ファンの人は面白がるのかもしれませんけどね。
大相撲で有名になった取組みの一番でいえば、北の湖×貴乃花とか、若貴兄弟対決とかは、そのうちの代表みたいなものだと思いますが、最近そういうのを週刊誌で変なフィクションにしようとしてる人がいるみたいで、ワイドショーで見ましたけどね。でも相撲ファンは面白がらないと思いますね。その点が、予言や時代劇の話と違うところです。こういうフィクションは、明るくやらないとダメですよね。
予言されたという項目を1つ1つ見てゆくと、何やら戦後のジャーナリスティックな話題だけが予言されたことになっているんですね。それだけが大事件ではないでしょうに。
だからこれからはああいう予言は流行らないでしょう。ワイドショーの時代になってしまいましたから。1000年以上前の予言者の関心ごとと、今のワイドショー的な関心がぴったり一致してるなんて、そんなのウソだって誰にでもわかってしまうでしょうから。ジョークとしては面白いですけどね。
昔の武士の家系の家で、江戸時代に書かれた書物が発見されたことがあったそうですが、その家の先祖が豊臣秀吉かだれかの家来として戦功をあげた話が詳しく書いてあるそうです。現代語訳で出版もされてるそうですが、ほんとは最近の創作(フィクション)らしいです。時代劇で有名になった合戦が全部カタログのように登場したりするんじゃないでしょうか。時代劇ファンの人は面白がるのかもしれませんけどね。
大相撲で有名になった取組みの一番でいえば、北の湖×貴乃花とか、若貴兄弟対決とかは、そのうちの代表みたいなものだと思いますが、最近そういうのを週刊誌で変なフィクションにしようとしてる人がいるみたいで、ワイドショーで見ましたけどね。でも相撲ファンは面白がらないと思いますね。その点が、予言や時代劇の話と違うところです。こういうフィクションは、明るくやらないとダメですよね。






